言い訳~blanc noir~
―――そして離婚から1年半が過ぎた頃、丸和銀行大阪支店への転勤辞令を受けた。

 それすら、どうでも良かった。

 仕事への情熱も失せてしまい、ただの暇つぶしのようにこなす日々だった。家に帰るくらいなら、深夜近くまで仕事をしているほうがましだった。

 それが東京だろうと、大阪だろうと、僻地のような場所だろうと構わなかった。

 どこに身を置こうと、沙織とクロがいる世界はどこにもない。

 夏海に言われた「和樹は亡霊」という言葉を思い出した。

 生きる屍だな、と自分でもそう思う。

 絵理子に別れも告げず、大阪へ引っ越した。

 その際、携帯電話も解約し一切の連絡を一方的に断ち切った。沙織と暮らすことが出来なかったマンションも売却した。

 何もなくなった。

 でも何かもがもう、どうでも良かった。

 沙織の遺影とクロの写真だけを持ち、見知らぬ土地での生活が始まった。

 そこで、出会った女と婚約した。

 自分の意思なのか、何なのか、もうあれこれ考えることも億劫だった。なるようになればいい。

 何の感情も芽生えないほど面白味のない女だが、自分にとっては都合が良かった。美樹や絵理子が言う、まさに富豪の令嬢。

 もう銀行員を続けることが面倒になっていた矢先だった。

 毎日毎日、融資だ金勘定だ、外回りで下げたくもない頭を下げ続けることも、愛想笑いを繰り返すことも。

 思えば、係長に昇進した日に沙織が死んだ。なぜ俺はこんな仕事を未だに続けているのだろうか。この仕事から逃げ出したくなっていた。

 この辺りから、死というものが常に頭を掠めていた。

 死ねば沙織とクロに会えるんだろうか。

 だから、絵理子から出刃包丁を向けられても、恐怖心すらわかなかった。むしろ、俺を殺してくれないかとすら本気で思った。

 だが、自ら死ぬことの出来ない臆病な自分は「生きる」という苦行を背負わされている。

 流されるがままに、何の感情も持たない女と婚約に至ったのは、金目当てだったのか、ただ、現実から逃れたかっただけなのか、全くわからない。

 でも、別にどうだっていい。

 死ぬまでの暇つぶしに、与えられたゲームをこなすみたいなものだ。

 俺にとっては、その程度でしかないのだから。

< 176 / 200 >

この作品をシェア

pagetop