言い訳~blanc noir~
 千尋に好意を寄せられ、その後何度か食事に出掛けた。

 しかしはっきりと本音を言えば女として千尋の見た目は好みではない。では、どんな女が好みか?と問われてしまえば具体的にこうだと言えるほど明確な好みがあるわけでもない。

 過去に関係があった女もそれぞれタイプは異なっていたが、見た目だけで言えば美樹は男なら一度は声を掛けたくなるほどの美貌の持ち主だった。

 そして沙織は他の女と比較する事でさえはばかられるほど自分にとって唯一無二の存在であり、自分の人生は沙織の死と共に終わったと心から思っている。

 沙織と過ごした時間よりも圧倒的に長い時間を和樹は生きている。それでも沙織を忘れる事も出来ず、思い出になる事もない。

 夏海に「和樹は浮かばれない亡霊だ」と言われたが、実に的を射た言葉だった。体だけがこの世に残り、魂はふらふらと浮遊する浮かばれない亡霊のような男だと自分でそう感じる。

 そんな亡霊に一目惚れをしたと言う千尋は何を感じたのだろうか。

 金持ち、そんな言葉が軽く感じるほどの富豪の娘。

 バツイチの銀行員より、もっと条件のいい男がきっといるだろう。しかし千尋は自分の結婚相手は自分で見つけると豪語していたらしい。

 千尋の父親である五十嵐雅夫はフランクな思想を持つ男として有名だった。

「学歴、経歴、肩書きよりもやる気と遊び心が一番」そんな台詞をいつかメディアに語っていたが、どうせポーズのようなものだろうと思っていた。が、それは本心で言っているものだという事がわかった。


「バツイチ? ああ、そうですか。いいんじゃないの? 何事も経験ですよ」


 初めて個人的に五十嵐の元へ挨拶に伺った際、和樹の素性を話したところ、そんな言葉と共に豪快に笑っていた。若干面食らった部分もあったが、それでも、今の時代バツイチ程度では驚かないのだろう。

 だが沙織を失った後、それがいつからなのかは定かではないが、人から「受け入れられる事」にむず痒さを覚えていた。

「あなたの気持ちわかります」そう言われるたび全身が不快感に粟立つ。それ以外にも自分のフィールドに踏み込まれる事も気分が悪かった。

 和樹にとって仕事も女も生きていく上での暇つぶしである事は何も変わらない。

 何もかもどうでもいい。そればかり魂が独りごちる。そして突発的に和樹の中で破壊的な欲求が押し上げて来る。

 それが押し寄せると、全てを壊してやりたい、そんな衝動に駆られる。


 この時もその波は突然押し寄せた。

―――五十嵐雅夫も千尋も俺の何を知って受け入れようとしているんだ。

 不倫相手だった女に刺し殺されそうになったと、五十嵐に暴露したところ「ほお。だったら金で解決させればいい」と、あっさり“手切れ金”が用意された。

「君は何もしなくてもいい。こっちで解決する」そう言ってすぐに顧問弁護士を呼び出した五十嵐は「この女だ。任せるよ」と、涼しい顔で言っていた。

 笑いが出た。

 亡霊なのか屍なのか、そんな男にそれだけの価値があるのかと。


 何の因果応報が巡ってきたかは知らないが、女に騙されたり、女を騙したり、散々色欲まみれの穢れた生活を送ってきた。


 突然訪れたこの巡りあわせが吉と出ようが凶と出ようが、
 それもまたどうでもいい―――。
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