言い訳~blanc noir~
「紅茶お好きなんですね、椎名さんって」

 千尋の部屋のソファに腰をおろしティーカップを口に運んでいると、ふいに千尋に声を掛けられ「ええ」と笑みを向けた。

「私もコーヒーより紅茶のほうが好きなんです。コーヒーってお砂糖とミルクをたくさん入れないと苦くて飲めないんです」

 千尋はおどけたように肩を竦めた。

 流れていた空気がほんの一瞬、乱れを伴った。

 たった今千尋が発したその言葉。思わず和樹は顔を上げた。

「え?」和樹の強い視線に戸惑った千尋が小首を傾げる。

「あ、ああ。すみません」

 はっとした和樹は、慌てたように取り繕いながら話題を切り替えた。


 千尋が言ったその言葉は、かつて沙織が言っていた言葉と全く同じだった。

 コーヒーが苦手だと言う人間くらい世の中には数多くいるだろう。たったそれだけの言葉に過剰反応する自分にいささか呆れながらも和樹はもう一度千尋に視線を向けた。

「椎名さんが私の部屋にいると思うとちょっと緊張しちゃいます。でも嬉しいな。ようやく上がってくださったから」

「お邪魔したい気持ちは山々だったんですが、僕も男ですしね」

 笑って見せると千尋は一瞬目を丸くさせ、恥じらいながら微笑んだ。

 その話が事実かどうかはわからないが、千尋は男性と付き合うのは初めてらしい。

 婚約前に千尋から「私、その、いわゆる処女なんです……」とカミングアウトされたときは少々戸惑ってしまった。

 接していれば言われなくても十分感じるものがあった。

 極端に男慣れしていない。

 ちょっとした冗談でさえも真に受け、性を連想させる言葉を言えば頬を真っ赤に染める。手が触れただけで体を硬直させていた。

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