言い訳~blanc noir~
 千尋とはセックスは勿論、手を握る事もない。

 正式に婚約という形を取った日から半年が過ぎた今もそれは変わらず、半年後には結婚を控えている。今の時代、体の関係がないまま結婚に踏み切る男女がどの程度いるのだろうか。

 今までの和樹からすると異常事態だと思えるほどプラトニックな関係に時々笑いが込み上げる。

 千尋の魅力が何なのか。それを考えるが全くわからない。千尋が五十嵐家の娘でなければまず交流を持つ事もないだろう。

―――結局のところ俺は金に目が眩んだ餓鬼のようなものか。





「―――椎名、本当に考え直す気ないのか?」


 正面に座る佐原がビアグラスを片手に和樹を見つめた。

 電話では何度か話をしたり、東京出張があれば挨拶程度の会話をすることはあったが、大阪に転勤してからは、向き合って顔を合わせるのは久しぶりだった。

 今日は佐原が5泊の日程で大阪に出張で訪れていた。

 本当に考え直す気がないのか? 向けられた質問に和樹は「はい」と頷く。


「まあ、そりゃそうだよな。五十嵐雅夫の一人娘と結婚するんだもんな。わざわざ行員なんかやるわけないか。それで、その後は五十嵐社長の元で仕事するのか?」


「その方向で話を進めています。ただ手広く企業経営されていますので異業種の僕をどの企業、どのポジションに就かせるかはまだはっきりとはしていないようですが」


「まあどこで働くにしても次期社長である事は間違いないだろうな。いずれにしても今後とも丸和銀行をよろしくお願いいたします」


 佐原がわざとらしく畏まった口調で頭を下げた後、笑いながらビールを飲み干した。
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