言い訳~blanc noir~
 部屋に先日会ったばかりの女と黒い猫がいる。

 その事が不思議だった。


 普段であれば美樹がクッションを枕に寝転がっているソファ。そこに沙織が腰をかけ、その隣には寄り添うようにクロが身を丸めている。


 今夜もクロは不愛想だったが沙織が持参した鰹節を見せると急に立ち上がり、にゃあにゃあと甘えた声で鳴きながら、沙織の足元に纏わりついていた。


 初めてクロに出会った日は「ぎゃおぎゃお」と悲鳴のような雄叫びをあげていたが、実は大きな体に似合わず可愛らしい声の持ち主だった事が可笑しかった。

 食べ終わると毛づくろいを始め、満足すると再び体を丸め置物のように大人しく眠っている。


「クロ、満足したらすぐ寝ちゃうんです」


「何だか猫って置物みたいですね」


「仔猫のときはもっと活発だったんですけど、もうクロも中年のおばさんですから。ね、クロ?」


「おばさん? クロ、雌だったんですか?」


 和樹が驚くと沙織は吹き出すように笑った。


「女の子ですよ。体が大きくて鼻ぺちゃだから、ちょっと貫禄あるように見えますよね。でも大人しくて、聞き分けが良くて、とってもおりこうさんなんです。ね、クロ?」


 沙織は出来のいい娘自慢でもしているかのように誇らしげだった。

 艶やかな漆黒の毛並を沙織が手のひらで撫でながら目を細める姿はまるでクロの母親のようにも見える。

 猫顔の沙織だから余計そう感じるのだろうか。



「椎名さん、ご飯もう食べましたか?」


 突然、沙織から思い出したかのように訊かれた。


「いえ、まだです。でも普段まだ仕事してる時間だからそんなにお腹は空いてませんけど」


「え! 銀行って3時には閉まるのに! 私、銀行員の方って4時くらいには帰ってるものだと思ってましたけど、違うんですね」


 沙織の驚きぶりに和樹は笑った。


「3時に閉まってもやる事たくさんありますから。むしろ3時以降のほうが忙しいです。普段帰宅は8時半くらいですよ。今日は早く上がらせてもらいましたけど」


「じゃあ普段はご飯っていつ食べてるんですか?」


「食べられるときに適当に」


「銀行の方って大変なんですね。私何か作ります。一緒に食べませんか?」
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