言い訳~blanc noir~
「ご主人様。明日からよろしくお願いします」


「ご主人様……?」


 突拍子もないその言葉に和樹は戸惑った。


「だって私は家政婦ですから。“広瀬さん”じゃなくて、ご主人様らしく“沙織”って呼んでくださいね」


「本気で言ってるんですか?」


「本気ですよ? 明日エプロン買いに行かなくちゃ」


 手帳を取り出した沙織は、明日の日付けにエプロンと書き込んだ。


「あの、お幾らお支払したらいいんですか? 家事代行サービスっていうのかな。そういうのは利用した事がないので」


「ご飯に掛かるお金だけで結構です。私も一緒に食べるんですから。あ、あとクロの鰹節とキャットフードもよろしくお願いします」


「そういうわけには」


「いいんです。私が好きでそうしてるだけですから」


 沙織がにこっと微笑んだ。


「じゃあ、ご主人様。沙織はこれから洗い物をいたしますので、クロとゆっくりされていてください」


「広瀬さん、それは僕がしますから」


「ご主人様!」


「え?」


「“沙織”でございます」


 わざとらしい目付きでキッと睨まれてしまった。



「沙織……」



 沙織は満足そうな表情で頷くとテーブルの食器をキッチンに運びだした。


 そして翌日から本当に“家政婦”がやってくるようになった。


 黒くて大きな猫を連れて。
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