言い訳~blanc noir~
ご主人様と沙織
「ごちそう様でした」


「お粗末様でした」


 先に食べ終えた和樹が手をあわせると、沙織は大根の煮つけを口にしながら微笑んだ。使った食器を重ねキッチンに歩き出そうとすると慌てたように沙織が呼び止める。


「ご主人様、私がしますから。座っててください」


「そのご主人様ってやめませんか? どうも慣れないというか」


 そう言うと決まって沙織はこう言う。


「旦那様のほうがいいですか?」


「江戸時代じゃないんだから」


「じゃあご主人様と呼ばれておいてください」


「沙織は抵抗ないんですか?」


「ありませんよ?」


 二人の会話はとても変だった。

 沙織は和樹の事を“ご主人様”と呼び、和樹は沙織を“沙織”と呼び捨てるわりに敬語で話す。

 週に3、4日、和樹の帰宅後、沙織がクロと共に訪れる。そんな生活をこの1ヶ月送っていた。

 昼間のうちに買い物を済ませているのだろう。ケージの中にクロを入れ、片手にはスーパーの袋を提げて沙織はいつも徒歩でやって来た。

 そして食事の用意を手際よく行い、二人でその日あった他愛無い会話を交わしながら夕食を口にする。

 食後の紅茶を二人で飲み、そして、その日の食事に掛かった費用、だいたい1000円から1500円を沙織に手渡す。

 すると沙織は「ありがとうございます」と頭を下げ、そして、クロをケージの中に入れ帰って行く。


 沙織は本当に家政婦のようだった。
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