言い訳~blanc noir~
―――午後6時30分。

 和樹は仕事で使用している黒革のバッグに持ち帰る書類を詰め込んだ。コートを小脇に抱えたまま足早に駐車場へと向かった。

 ケーキ屋に寄り、沙織の好きなチーズケーキを買って帰りたかった。

 閉店まであと30分、急げば間に合うだろう。


「椎名さん」


 車に乗り込もうとしたところ突然呼び止められ顔を上げた。

 すると車の影から黒いコートにカシミアのマフラーを巻いた美樹が姿を現した。


「美樹ちゃん」


「久しぶり」


「ああ」


 かつん、かつんとブーツのヒールを鳴らしながら、美樹がゆっくりと和樹に近付いた。

 その顔は明らかに不機嫌そうだ。


「どうしてずっと電話くれないの?」


 和樹は息を吐きながら、陽が落ちたばかりの空を仰ぐ。


―――なぜ今日なんだ。


「ごめん。ずっと電話しようと思ってたけどちょっと忙しかったんだ」


「へえ。6時半に帰れる人が忙しいんだ?」


「今日はたまたまだよ」


「そうなんだ。じゃあ椎名さんのマンションに行きましょ? 今後の事とか話さないといけないでしょ?」


 美樹は助手席のドアを開け車に乗り込んだ。


 7時半には沙織がやって来る。部屋はまずい。


 マンションに沙織が出入りしている以上、いつかこういう日が来るのではと懸念していた。

 沙織に合鍵を渡しているわけではないが、だいたい7時半になると沙織はクロと一緒にやって来る。

 沙織には恋人がいるとかいないとか、そういう話は一切していない。暗黙のルールじゃないがお互いのフィールドには踏み入らないようにしていた。


 だが沙織には知られたくない。


 美樹に好きな女が出来たとばれるよりも、恋人の存在が沙織にばれる事のほうが抵抗があった。


 沙織に何とか連絡を取りたいが美樹の視線と意識が自分に向いているため、携帯電話を取り出す事が出来ずにいた。
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