言い訳~blanc noir~
 美樹が腕を組み足を組み、威圧的な空気を纏ったまま車はマンションの駐車場に到着した。

 マンションのエントランスに目を向けたが、駐車場からは沙織の姿は見えなかった。


 時刻は8時30分を過ぎている。

 さすがに冷たい北風が吹きつける真冬の夜、いつ戻るかわからない“ご主人様”の帰りを飼い猫のようにひたすら待ちはしないだろう。


 無言で車をおりると美樹が後を追うように和樹の隣に並びエントランスへと歩き出した。

 美樹が歩を進める度にグリーンティの匂いが仄かに香る。以前プレゼントされたグリーンティの香水は和樹も使用していた。


 同じ香りを纏わせた男と女、それは二人が特別な関係である事を周囲にアピールしているようでもあった。

 エントランスの扉を勢いよく引く。


 その瞬間、時の流れがぴたりと止まった。

 開かない自動ドアの前。

 床に置かれたケージ。


 片手にはネギが顔を覗かせたスーパーの袋を提げた沙織が寒さのせいか鼻先を赤く染め立っていたのだ。


「あっ……」


 和樹の姿に気が付いた沙織は一瞬笑顔を浮かべた。が、和樹の一歩後ろに立つ美樹の姿を見つけた途端、すぐにその笑顔は消えた。


「椎名さん、寒い。早くオートロック解除してよ」


 美樹が和樹の顔を見上げる。


 伏し目がちな表情の沙織。和樹は無言のまま集合玄関機に近付き、鍵を取り出した。

 するとこれまで鳴き声一つあげなかったクロが、和樹の声なのか匂いなのか、まるでその存在を察知したかのように突然「にゃあにゃあ」と鳴きだした。


「え、猫?」


 美樹が驚いたように床に置かれたケージを覗き込もうとした。


「すみません……」


 ケージを左手で持ち上げた沙織は、俯いたまま和樹の横を通り過ぎた。

 エントランスのドアノブに手を掛け、外に出ようとする沙織の背後から美樹が声を掛けた。


「オートロック開けるんで、良かったら中に入りませんか?」


 すると沙織がこちらに背を向けたまま立ち止まる。



「お留守みたいだから、出直します」
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