言い訳~blanc noir~
「ご主人様?」


 沙織がはっとしたように両手で和樹の胸を押しやろうとする。が、その手を拘束するかのように沙織の頭上で持ち上げた。


「―――大人しくしてください」




 沙織は猫のようなアーモンド型の瞳を真ん丸に見開き、心の底から驚いたように和樹を見つめる。

 ちょっと冗談めかしてからかった事がまさかこんなふうになるなんて―――

 沙織の瞳がそう訴えているようだった。

 沙織を見下ろす和樹の眼差しが熱く突き刺さる。完全に自由を奪われた沙織は眉を下げ、今にも泣きだしそうな表情で和樹を見つめた。


「……私をどうしたいんですか?」


 沙織の声が微かに震えていた。


「沙織を抱きたい」


 きっぱりと和樹が言い切った。


「ご主人様……私、既婚者ですよ?」


「わかってます」


「私が嫌だと言ったら?」


「……沙織が嫌な事はしたくない。嫌ならこの手を離します」


 和樹は拘束した沙織の両手に視線を向けた。


 わずかな沈黙。

 和樹は視線を外す事なく、沙織を見下ろしていた。お互いに目をそらす事なく見つめ合う。とくん、とくんと胸の鼓動が聞こえてきそうなほど静まり返った部屋。


 するとまつ毛を伏せ、静寂を破るように沙織が口を開いた。


「手、離してください……」


 沙織の意思を汲み取ったかのように目元を緩め、和樹は小さく頷いた。


「わかりました」


 和樹が手の力を緩めるとふっと沙織の腕から緊張が解ける。

 すると沙織は身を起こし、立ち上がるとベッド横に置かれたスタンドに手を伸ばした。そして、部屋の照明を落とすと室内がぼんやりとしたオレンジ色の灯りに包まれる。


「沙織……?」


 和樹は戸惑いながら沙織の名前を呼んだ。しかし沙織は和樹に背を向けたまま何も答えない。しばらく沈黙が続き、沙織が口を開いた。



「……抱いて、ください」


 沙織の肩先からワンピースがはだけ、はらりと静かな音をたて、床に落ちる。
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