言い訳~blanc noir~
禁忌
 耳元に微かにかかる吐息、沙織の胸の鼓動を直に感じる。

 背中に回された手が滑るように動き、そして、和樹の頬を両手で包み込むと沙織が小首を傾げた。


「ご主人様の事を好きになっちゃいけないんだって。ずっとそう自分に言い聞かせてきました。だけど私……」


 沙織が言い辛そうに目を伏せる。


「僕はもう手遅れです」


「え?」


「どう気持ちを伝えればいいのかわからないくらい、沙織の事しか考えられませんから」


 そう和樹が伝えると沙織がはにかむような笑みを浮かべた。


「ご主人様?」


「ん?」


「大好きです」


 ようやくその思いを伝えられた事が嬉しくて、沙織は幸せそうに顔を綻ばせた。


 両手で包み込んだ和樹の頬。和樹の顔をそっと自らに引き寄せ、沙織はゆっくりと目を閉じた。


 お互いに引き返すならこれが最後のチャンスだったかもしれない。

 ここで境界線を踏み越えてしまえば、もう二度と引き返せなくなる事くらい二人ともわかっていた。

 しかし、その禁忌を犯してでも、欲しい、そう思ってしまうこの欲求は単なる性欲ではない。


「沙織」


 交錯する思いを振り切るように、沙織の唇にそっと和樹の唇が重なった。
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