言い訳~blanc noir~
―――胸が重く、息苦しい。
それは恋煩いとかそういう精神的な類のものではなく、物理的な重みとそれに伴う息苦しさだ。
窓の外から耳に飛び込む子供の声、車の行き交う音を聞きながら、和樹は朝の訪れを感じていた。
とんとんとんとん、と、どこか遠くで小気味良い音が響く。じゅっと何かが焼けるような、蒸発するような、そんな音と共にどこか懐かしい匂いが広がる。
それが何の音で何の匂いなのか、それを考えるほどの思考はない。
ああ。そう言えば今日休みか……もう少しだけ寝ていたい。
微睡みの中、その心地よさに飲み込まれそうになる。しかしどうしても胸の圧迫感が気になり、目を閉じたまま「うん……」と眉根を寄せた。
「こらー!! クロッ!!」
突然部屋中に響き渡った甲高い声に、和樹はベッドから飛び起きた。すると黒い謎の物体がベッドから転がり落ちる。
それがクロであると認識するまでに数秒かかった。
「クロ……? 何でお前ここにいるんだ?」
クロもベッドから転落した事に驚いているのか、目を真ん丸にさせ和樹を見つめる。
「ご主人様! おはようございます!」
黒猫が刺繍された見慣れたエプロンが目に映る。顔を上げると、しゃもじを片手に満面の笑みを浮かべた沙織がドアの前に立っていた。
沙織の姿を目にした途端、昨夜の出来事が走馬灯のように脳内を巡る。
潤んだ沙織の瞳。火照る体。熱い吐息。ほとばしる汗。そして耳に微かに残る甘い声と沙織の柔らかな体の感触。
しかし、それは残念な事に全て妄想と夢だったんじゃないか。
そう錯覚するほどに沙織は健全な笑みで元気よく挨拶をし、そして、母親の貫禄を彷彿とさせるような仁王立ちでクロを叱り始めた。
「クロ! ご主人様の上に乗っちゃだめでしょ!!」
叱られたクロは沙織をちらっと見ると「にゃあ」と甘えたような声で鳴き、和樹の膝の上に飛び乗ってきた。
あの息苦しさはクロが乗っていたからか。
クロの頭を撫でながら和樹が笑い、沙織を見上げた。
「おはよう」
和樹が微笑みかけると沙織がしゃもじを持ったまま急によそよそしく目を逸らす。
「あ、あの。服着てください……」
「え? ああ、昨日そのまま寝ちゃったんですね」
「は、はい……」
沙織が畳んだのだろう。昨夜脱ぎ捨てていたワイシャツを沙織が目を背けながら和樹に手渡す。
「休みの日までワイシャツは着たくないな」
和樹が笑うと沙織が蟹歩きでクローゼットの扉を開け、ハンガーに掛けられたグレーのシャツを取り出した。
「これでいいですか……?」
「ありがとう」
シャツを差し出した沙織の腕を強引に引く。バランスを崩した沙織が「きゃっ」と声をあげベッドの上に尻もちをついた。
背後から抱きしめると、沙織が体をがちがちに硬直させている。クロがうんざりとした様子でベッドから飛び降りソファに移動した。
「沙織」
耳元で囁くと、沙織の体がびくっと反応した。
「あ、あの朝ご飯作ったんですけど……食べませんか?」
「ありがとうございます」
そう言いながらうなじに口付けると沙織が「ん」と小さく吐息を漏らした。
「ここ、好きなんですか?」
髪を持ち上げ、Tシャツの衿ぐりを下げる。露わになった首筋に口付けると沙織が突然しゃもじで和樹の頭をぺちんと叩いた。
「朝からいやらしいです!! さっさとご飯にしますよ!!」
顔を真っ赤にさせた沙織がキッチンへと歩いて行った。その姿に和樹は笑いが込み上げ、ベッドの上から沙織を見つめていた。
それは恋煩いとかそういう精神的な類のものではなく、物理的な重みとそれに伴う息苦しさだ。
窓の外から耳に飛び込む子供の声、車の行き交う音を聞きながら、和樹は朝の訪れを感じていた。
とんとんとんとん、と、どこか遠くで小気味良い音が響く。じゅっと何かが焼けるような、蒸発するような、そんな音と共にどこか懐かしい匂いが広がる。
それが何の音で何の匂いなのか、それを考えるほどの思考はない。
ああ。そう言えば今日休みか……もう少しだけ寝ていたい。
微睡みの中、その心地よさに飲み込まれそうになる。しかしどうしても胸の圧迫感が気になり、目を閉じたまま「うん……」と眉根を寄せた。
「こらー!! クロッ!!」
突然部屋中に響き渡った甲高い声に、和樹はベッドから飛び起きた。すると黒い謎の物体がベッドから転がり落ちる。
それがクロであると認識するまでに数秒かかった。
「クロ……? 何でお前ここにいるんだ?」
クロもベッドから転落した事に驚いているのか、目を真ん丸にさせ和樹を見つめる。
「ご主人様! おはようございます!」
黒猫が刺繍された見慣れたエプロンが目に映る。顔を上げると、しゃもじを片手に満面の笑みを浮かべた沙織がドアの前に立っていた。
沙織の姿を目にした途端、昨夜の出来事が走馬灯のように脳内を巡る。
潤んだ沙織の瞳。火照る体。熱い吐息。ほとばしる汗。そして耳に微かに残る甘い声と沙織の柔らかな体の感触。
しかし、それは残念な事に全て妄想と夢だったんじゃないか。
そう錯覚するほどに沙織は健全な笑みで元気よく挨拶をし、そして、母親の貫禄を彷彿とさせるような仁王立ちでクロを叱り始めた。
「クロ! ご主人様の上に乗っちゃだめでしょ!!」
叱られたクロは沙織をちらっと見ると「にゃあ」と甘えたような声で鳴き、和樹の膝の上に飛び乗ってきた。
あの息苦しさはクロが乗っていたからか。
クロの頭を撫でながら和樹が笑い、沙織を見上げた。
「おはよう」
和樹が微笑みかけると沙織がしゃもじを持ったまま急によそよそしく目を逸らす。
「あ、あの。服着てください……」
「え? ああ、昨日そのまま寝ちゃったんですね」
「は、はい……」
沙織が畳んだのだろう。昨夜脱ぎ捨てていたワイシャツを沙織が目を背けながら和樹に手渡す。
「休みの日までワイシャツは着たくないな」
和樹が笑うと沙織が蟹歩きでクローゼットの扉を開け、ハンガーに掛けられたグレーのシャツを取り出した。
「これでいいですか……?」
「ありがとう」
シャツを差し出した沙織の腕を強引に引く。バランスを崩した沙織が「きゃっ」と声をあげベッドの上に尻もちをついた。
背後から抱きしめると、沙織が体をがちがちに硬直させている。クロがうんざりとした様子でベッドから飛び降りソファに移動した。
「沙織」
耳元で囁くと、沙織の体がびくっと反応した。
「あ、あの朝ご飯作ったんですけど……食べませんか?」
「ありがとうございます」
そう言いながらうなじに口付けると沙織が「ん」と小さく吐息を漏らした。
「ここ、好きなんですか?」
髪を持ち上げ、Tシャツの衿ぐりを下げる。露わになった首筋に口付けると沙織が突然しゃもじで和樹の頭をぺちんと叩いた。
「朝からいやらしいです!! さっさとご飯にしますよ!!」
顔を真っ赤にさせた沙織がキッチンへと歩いて行った。その姿に和樹は笑いが込み上げ、ベッドの上から沙織を見つめていた。