言い訳~blanc noir~
 いくら愛し合っている、そう言ったところで沙織が既婚者である以上この関係は不倫でしかない。

 世間からおしどり夫婦だと言われ、夫婦でCM共演も果たしている有名な俳優がアイドル上がりのタレントと不倫関係にあるとすっぱ抜かれたのは10日前。どのチャンネルもその話題で持ち切りだった。

 辛口コメンテーターはここぞとばかりに叩き上げ、CMは打ち切りが決定し、女もバラエティ番組を降板するなど、不倫の代償はかなり大きいようだ。


 正直その話題は目にも耳にもいれたくない。


 不倫した者がどれだけ思いを語っても「所詮不倫だ」と嘲笑され、どれだけその愛が真実であるかを伝えても「言い訳」だと一蹴されてしまう。

「不倫される側の気持ちを考えろ」と辛口コメンテーターが言っていた。確かにその通りだと和樹は思う。

 沙織は夫に不倫され、愛人との間に子供まで誕生した。愛人と子供と共に生活を送り、沙織の元には週に2日か3日帰って来る。


「何のために帰って来るの?」以前沙織に訊ねた事があった。


「一応、夫だからじゃないですか?」と沙織は言っていた。


 沙織はどんな思いで10年近い年月を耐え忍んできたのか。


 そう思うと夫の行動が許せなくなる。


 沙織と夫の生活を垣間見る事は勿論和樹には出来ないが、沙織に初めて出会った夜も、その後も、沙織の体に出来た傷や痣を何度も目にしてきた。


 なぜ俺の沙織をこんな目に合わせるんだ。そう思うと和樹は殺意すら覚える事が何度もあった。

 だがいくら夫に対して憤怒の感情を抱こうが、和樹は所詮「不倫相手」でしかない。


 沙織に離婚してくれ、と一度だけそう伝えたが沙織は「もう少しだけ待ってください」と困ったように眉を下げた。


 離婚は結婚するときよりエネルギーを使うそうだ。切り出すタイミングも必要だろう。重ねた年数が長ければ長いほど障害になるものも大きい。

 結婚経験はない和樹だが、それは人並みには理解していた。

 しかし沙織にとって障害になるものがわからなかった。

 子供がいるわけでもなく、夫は愛人のところで生活を続け、子供までいるというのに。

 和樹が知らない沙織の事情、夫への気遣いなのか配慮なのか、そんなものが腹立たしく思える。

 和樹はいつの頃からか嫉妬していた。


―――なぜ俺があんなくだらない男より劣っているのか。

―――沙織はなぜすぐに俺の元に来ないのか。


 醜い感情が芽生え、その感情が和樹の首を絞めつけるようだった。


 ただ沙織には言えない。言ってはいけない。沙織を責めるような事はしたくない。


 沙織に会えるだけで満足だったあの頃にはもう戻れない。


 これが不倫の葛藤、苦しみなのか。
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