言い訳~blanc noir~
 沙織と出会った日から半年が過ぎ、季節は春を迎えていた。


「ご主人様、早くしないとモデルルーム閉まっちゃいますよ?」


「大丈夫だよ。それよりそのご主人様、外で言っちゃだめだよ」


「うーん。やっぱり他人が聞いたらおかしいんですかね?」


「普通におかしいよ。あと、敬語もね」


 和樹が笑うと沙織はしまったという表情を浮かべ、ばつが悪そうに笑った。


 沙織は相変わらず和樹を“ご主人様”と呼び敬語で話す。

 和樹は沙織を今まで通り沙織と呼んでいたが、「僕」が「俺」に変わり、そして、いつの間にか敬語ではなくなっていた。


 沙織から「ご主人様」と呼ばれる事にはもうすっかり慣れてしまったが、ところ構わずそう呼ばれると周囲の人がぎょっとしたような顔で和樹を見つめる。

 沙織に時々注意をするが、一向に直る様子はない。


―――まあいいか。


 いつも最終的にはそれで済ませていた。


 沙織と共に車に乗り込みマンションのモデルルームに向かった。沙織がいるから、と、いうわけではないが1LDKのマンションが手狭に感じていた。

 29歳。

 年齢的にマンションを購入しても不自然ではないだろう。


 和樹はマンションを購入する計画を立てていた。沙織とクロと3人で生活するための空間が欲しい。


 そうは言っても今はまだ「不倫関係」でしかないが。


 ハンドルを握りながらふと不倫という言葉が頭を霞めると気が沈みそうになった。

 しかし隣に座る沙織の無邪気な笑顔を目にした途端、その気持ちもあっという間に吹き飛んでしまう。


「椎名和樹、椎名沙織ってお客様アンケートに書いてくださいね」


「そう書いて欲しい?」


「はい!」


 じゃあ早く離婚してください。


 そう言いかけたがその言葉を飲み込み、沙織に笑顔を向けた。

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