言い訳~blanc noir~
 とうとう一人ぼっちになってしまった。

 親戚の家に預けられた。私のご飯だけみんなのご飯と違う。

 なんで? どうして? みんながテレビを観ながら笑っている時間、私は一人で洗い物をしていた。どうして? 

 みんながお出掛けをしても私は家でお留守番をしていた。どうして? ねえ、どうして?

 どうしてお父さんは私の事、捨てたの?


「沙織の事は俺が守るよ」


 同じクラスの広瀬君がそう言ってくれた。

 クラスのみんなが広瀬君を「ひろ」と呼んでいた。けれど、そう呼ぶ事が恥ずかしくていつまでたっても「ひろ君」としか言えなかった。

 だけどひろ君から「俺が沙織を守るよ」と、そう言ってもらえた事が嬉しくて、少しだけ毎日が楽しくなった。

 けれど中学3年生。まだまだ幼過ぎた。二人だけで生きていく事など出来なかった。


「18になったら結婚しよう。俺、高校卒業したら東京行くからさ」


 大分を離れる日ひろ君からプロポーズされた。嬉しくて嬉しくて駅のホームで抱き合いながら二人で泣いた。


 美容師の見習いはとても大変だった。

 華やかな表舞台に立てるのはこの下積みからのし上がった人たちだけだと厳しい現実を思い知った。

 タオルを洗いそれを干して、乾いたら畳んでそれをしまって、落ちた髪の毛をほうきで拾い集めてそれを捨てて、毎日毎日シャンプー。朝から晩までシャンプー。

 立ちっぱなしで足がぱんぱんに浮腫んでいた。手が紫色に腫れ上がるほどひどい手荒れに苦しんだ。先輩から八つ当たりのように頭ごなしに怒られる事も多かった。


―――だけど私にはひろ君がいる。


 そう自分を励ましながら毎日頑張った。そして本当にひろ君が東京に来てくれた。


「沙織、ずっと一緒だね」

「ひろ君、私の事捨てたりしないでね」

「馬鹿だな。沙織の事がこんなに好きなのに捨てるわけないだろ」


 広瀬沙織。

 18歳の冬、ひろ君の“奥さん”になった。
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