言い訳~blanc noir~
「お待たせ」


 車で待たせていた沙織の元へ戻ると、神妙な面持ちで沙織が顔を上げた。


「離婚届受け取って来たからこのまま役所に行こう」


「……揉めませんでしたか?」


「大丈夫だったよ」


 和樹が沙織の頭を撫でるとほっとしたのか沙織が瞳を潤ませた。


「ご主人様ありがとうございます……」


「これでようやく沙織も独身だね」


 和樹が微笑むと沙織が溢れ出した涙もそのままに大きく頷いた。


 そして役所に行き離婚届を提出した。

 こんなにも呆気ないものかと拍子抜けしてしまうほどそれは簡単な事だった。

 離婚するかしないか、離婚問題で揉めている夫婦は世の中にごまんといるだろう。

 しかし役所にとっては一組の夫婦が離婚する、たったそれだけの事でしかなく、離婚届提出後、実に事務的に住民票や国民年金などの手続きに関する説明を受けた。

 そして多分そうだろうと予想はしていたが、沙織は国民年金を始めとする、国民が支払うべきものが長期にわたり未納になっていた。


「あの……これ、まけてください」


「まける?」


「こんな大金払えません……。ちょっとまけてもらえませんか?」


 ベンチに腰掛け雑誌をめくりながら窓口に座る沙織に目をやった。すると何やら係りの者が困ったように眉を下げていた。


「どうしたの?」


「あ、ご主人様。今、まけてくださいってお願いしてたんです」


「まけるって?」


 和樹が困惑気味に尋ねると、係りの者が事情を説明し始めた。


「ああ、そういう事ですか。全額お支払します」


 すると沙織が目を真ん丸に見開いた。


「だめです!! これは私の国民の義務なんですから!!」


「義務なのに未納にしてたんだろ? あのATMはどこですか?」


 ATMで金を引き出し、今日払えるものは全て支払った。帰りの車の中、沙織はふて腐れたような表情を浮かべていた。
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