言い訳~blanc noir~
 沙織と暮らし始めて3ヶ月が過ぎ、あっという間に新年を迎えた。

 マンションの契約も無事終わり、完成引き渡しまであと3ヶ月。

 その間、大人二人と猫一匹で暮らすには1LDKのマンションは狭く不便さを感じる事もあったが、沙織とクロが同じ空間にいる事が幸せに感じていた。

 正月が過ぎ、仕事始めを迎えた途端、新年会が相次ぎ飲みたくもない酒を上司から飲まされる日が続いた。

 深夜0時を過ぎて帰宅する事も多かったが沙織はいつも起きて待っていてくれた。


 そしてようやく1月も中旬を過ぎた頃、銀行内の気が合う連中だけで新年会という名目の飲み会が開催された。


 その席で突然、人事の古賀から質問を受け戸惑ってしまった。


「椎名さん、彼女と別れたって本当ですか?」


 そう古賀が切り出すと、他の連中も身を乗り出した。一斉に視線が和樹に集中する。


「古賀さんよく聞いてくれた! 俺もずっと気になってたんですよね。でもそういうの聞きにくいし」


「俺も俺も。椎名さんってプライベートの話ってほぼしないから謎なんですよね」


 和樹の隣に座る堀田に目を向けると、ばつが悪そうな表情を浮かべビアグラスに口をつけていた。


 美樹の友人である絵里子と結婚した堀田がうっかり口を滑らせたのだろう。


「堀田が言ったのか?」


 和樹が耳打ちすると堀田はわざとらしく笑い「いやぁ……つい」と頭を掻いていた。

 美樹と別れた事が発覚したところで特に困る事はなかったが、ただ、煩わしい事が和樹は昔から苦手だった。


 職場が同じというだけの連中に根掘り葉掘りプライベートを詮索される事は面倒だ。それに堀田の妻が美樹の友人であり、結婚式にも一緒に出席していた。他の連中とも面識がある。

 美樹の存在は銀行内でも「超美人」として認識されていたせいか、あんな美人とどうして別れたのか、と、くだらない質問を浴びせられる事が億劫で仕方ない。

 とりあえず堀田には「個人情報守秘義務、行員ならどれだけ重要なことかわかるよな? 俺のプライベートに関して一切口外するなよ」と釘を刺した。「上司命令だ」という言葉も付け足して。


 和樹は曖昧に笑いながらその場をやり過ごそうとしたが、


「で、どうなんですか?」


 しつこく食い下がる連中に溜息をつきながら和樹は「別れたよ」と呟くように言った。
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