言い訳~blanc noir~
「ええ!! やっぱりそうだったんですか!! どうしてあんな美人と別れたんですか!? もったいない」
案の定のリアクションに和樹は嘆息する。
「椎名さんから? 彼女から?」
古賀が興味深そうに訊いてきた。
「どっちでもいいだろ。俺の話はもういいから」
「椎名さん、浮気したんじゃないんですか? もう既に彼女がいたりして」
古賀が茶化したように笑うと他の連中も大笑いした。
笑えないのは和樹だった。
既に彼女がいたりしても何も、沙織と一緒に暮らし、年内には結婚しようと思っているとはさすがに言い辛かった。
マンションを購入した事を知った他の連中から「ご結婚ですか!」と散々冷やかされたが「まさか」と誤魔化していたばかりだ。
和樹は嫌な汗を背中にかきながらビアグラスを口付けた。
「もったいない! 美樹さんって芸能界入れるくらい美人なのに」
「だから、その話は」
ふと窓ガラスに和樹が目を向けると、そのまま表情が凍り付いてしまった。
これが見間違えでなければ、窓ガラスの向こうにいるのは沙織だ。沙織がガラスに顔を近付け店内を覗き込んでいる。
「ちょっとごめん」
立ちあがり、慌てて店の外に飛び出すとやはり沙織だった。
「何してるの……? びっくりしたんだけど」
「この先の焼き鳥屋さんに面接に行ってたんです。お昼の仕込みのバイト募集してたから」
沙織がにっこりと微笑む。
なんでこんなに沙織は可愛いんだろう。
一瞬その笑顔に吸い込まれそうになってしまったところで和樹がはっと我に返る。
「え、その面接はいいんだけど……ここで何してるの?」
「ご主人様いるかなぁって覗いてたんです」
沙織がうふふと弾むような声で笑う。
「やっぱりご主人様ってかっこいいですね。どきどきしちゃいました」
「あ、ありがとう……」
すると店の扉が開き、後輩の男がにやにやとした顔でこちらを見ていた。
「椎名さん、何してるんですか?」
「え」
すると沙織がぺこりと頭を下げた。
「こちらは?」
後輩に問われ、和樹が戸惑っていると沙織が微笑んだ。
「通りすがりの者です」
「通りすがりの者? それ無理ありませんか?」
後輩が吹き出すように笑った。困ったように空を見上げた和樹だったが、諦めたように笑う。
「―――俺の彼女」