言い訳~blanc noir~
 そう言うと後輩が大騒ぎしながら店内に戻って行き、仲間を引き連れて戻って来た。


「一緒に飲みませんか。どうぞどうぞ」


 沙織は何が何だかわからない様子で中に連れて行かれてしまった。




 他の連中の目に沙織はどう映っているのだろう。


 本人を目の前にして言葉にこそしないが人間というのは意地の悪い生き物だ。

 以前の恋人である美樹と現在の恋人である沙織を比較し、どっちが上とか下とか、きっとそういうジャッジをしているはずだ。


 これまでもそうだ。

 誰かが恋人と別れた、誰かに新しい恋人が出来た。その都度本人がいないところで「前の人よりいい」とか「前の人のほうが良かった」とか「容姿はどうだった」など、あれやこれやと言い合っているのを見聞きしてきた。


 そういう下世話な話に参加する事も不快なら、下世話な話のネタにされる事も不快だ。

 だから美樹と別れた事も言いたくなかったし沙織の存在をあえて言いたくもなかった。


 結婚する時期が確定した段階で上司を始め、他の連中に報告しようと和樹は考えていた。

 結婚式も大々的に行うのではなく、沙織と二人だけで新婚旅行を兼ねて海外かどこかで挙げたいと思っていた。


 沙織は親きょうだいがおらず、友人もほぼいない。

 和樹側の親族や仕事関係者を呼ぶとなるとそのバランスの悪さに沙織が肩身の狭い思いをさせるかもしれない。それが嫌だった。


「沙織さんってこっちの方なんですか?」


「私、出身は大分です」


 沙織がカシスオレンジを片手に笑みを浮かべる。

 あまり人見知りしない性格なのか、何を訊ねられてもにこにこと笑い、柔らかく答えていた。


 しかし、ふいに受けた質問に沙織の表情が明らかに動揺した。


「椎名さんとどこでどうやって出会ったんですか?」


「え、あの。どこで、ですか……?」


「どこでというか。あまり接点なくないですか?」
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