言い訳~blanc noir~
【クロと私とご主人様】
『ごしゆじんさまへ

いつもおしごとおつかれさまです わたし は ごしゆじんさまにであえてしあわせです

ごしゆじんさまのこと せかいで1ばん しあわせなごしゆじんさま に してみせます

いつもありがとうございます おからだ に きをつけて わたしよりながいき してください

わたしのこと ずつとずつとすきでいてください

ごしゆじんさまだいすきです

さおりより』


 自分が名探偵ではなく、銀行員である事がもどかしくなるような暗号めいた不思議な手紙を沙織からもらった。


「えっと。何から指摘していけばいいのかわからないんだけど。でもありがとう。嬉しいよ」


 ソファに座る和樹の隣。沙織が床に置いたクッションの上に正座し目をきらきらと輝かせている。


「私、頑張ったでしょ? それ書くのに30分もかかったんです!」


「30分!?」


「はい! もう肩が凝っちゃいました」


 30分かけてこの手紙を作成したのか……。

 そう思うと嬉しい反面、手書きで書けばいいのにと身も蓋もないような事を思ってしまった。

 毎晩自宅のパソコンで仕事をしたり、友人から届いたメールをチェックしたり、ネットサーフィンをしたり、日常的にパソコンに触れる事が多く、沙織も興味を持ち始めたようだった。

 沙織はこれまでの人生一度もパソコンに触れた事がなく、パソコンに興味はあるもののパソコンとは一体何なのかがわかっていない。

「使ってみる?」と訊いてもいつも血相を変え「私が触って爆発したらいけないから」とよくわからない事を言っていた。

 しかし昨夜、何を思ったのか沙織から「パソコンを教えて欲しい」と言われた。全く知識がない沙織にパソコンの使い方を教えるのはそれはそれは大変だった。

 パワーボタンの場所、インターネットとは何か、文章を作成するにはどうしたらいいか。そういった説明から始めたが、沙織から飛び出す質問はあまりにも突拍子もない事ばかりで、和樹は困惑してしまった。


「ボタンに“も”って書いてあるのに“も”を押すと“m”になるんです! このパソコン壊れてるんですか?」


「“も”ってなに?」


「ここ」


 沙織がキーボードのMを指差すと確かにそこには”も”と表示されている。


「ああ。これはね、ローマ字入力しないといけないんだよ」


「ローマ字入力するほうが文字数多いじゃないですか! 平仮名で出来ないんですか?」


「出来るけど……。でも一般的にローマ字入力する人のほうが多いんじゃないかな。沙織もそれで覚えたほうがいいよ。すぐ慣れるから」


「そうなんですか?」


 沙織は腑に落ちないような表情を浮かべていた。が、古いノートパソコンを沙織専用に引っ張り出してくると大はしゃぎしていた。


「これもらってもいいんですか?」


「いいよ。それなら爆発させても問題ないから」


 そう和樹が冗談で言うと沙織は目を見開いた。


「爆発する事もあるんですか!?」


「……ないよ」
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