恋?…私次第。~好きなのは私なんです~
・愚痴も、時と場合による
「どうしたんです?何かありました?喧嘩ですか?」
もう猫言葉はつけないようだ。どうやら猫を真似た事は、簡単に無かった事にするみたいだ。
「…え?それは違う。…違うような違わないような。でも、気分はそれに近い感じ?」
「え?あ、いや…、ちょっと怖い顔をしてたから考え事でもしてるのかなって聞いてみただけです。機嫌も悪そうだし。別に深く詮索するつもりで聞いた訳ではないですよ?」
え?怖い顔?思わず顔に両手を当てた。…あー…。きっと表情の無い顔をして歩いていたんだ。解かってる。聞いてみただけでしょ?つまり、他人の事に深入りはしないって事でしょ?…誰も彼も、最近特に…立ち入って来ないつもりの会話ばかりされてる気がする。…別にいいんだけど。
「もっと…遠慮しないで突っ込んで来ていいのよ…」
「え?何ですか?」
あ。まただ。また今回も心の声を口にしてしまったんだ。今度は口を押さえていた。
「あ、もう…。はぁ、ごめんなさい、何でもないから」
「愚痴、悩み、それから、んー、その他色々?…。吐き出したいって言うなら聞きますよ?」
「え?」
指を折っていた。
「フ、ハハ。俺らの会話は、中々通じ難いみたいですね。一つ話す度に聞き返されてばかりだ。心がここに無いのかな?」
「…あ、…そうね。あ、違うの、ごめんなさい。私、ちょっとイラついているかも、だから」
「明確に解る程、具体的には聞きません。スッキリ出来る程度に吐き出しませんか?…ふぅ。実は俺も、ちょっと、疲れちゃってて」
道路の先のカフェを指差していた。
「どうですか?珈琲、奢りますから、ね?」
…はぁ、通常なら、相手が知り合いなら、誰でも遠慮なく、ケーキもよ、って、言い加えたいところだけど…。流石に今日は…充分食べてしまっていた。
「…奢って貰わなくてもいい。行きます。…このまま帰りたくない」
「え゛っ!」
「えっ?あ、ごめん、違う違う、変な意味じゃなくて。私も一息入れて…リセットしてから帰りたくなったかも、て意味です」
このまま帰りたくないなんて呟いちゃったから。いきなり勘違いさせて驚かせちゃったみたいね。
「…ですよね。では決まりですね。タイミングもいい。早速行きましょう」
タイミング?あっ。ちょっと?何の事?
いきなり私の手を握ると走り出した。あ、信号の事だったのね。青に変わったばかりだ。
「ねえちょっと?いきなり…何。そんな…走れないから。ちょっと、待って…歩いて渡ればいいじゃない…ちょっと…ねえー早いー」
バッグの肩紐を掴んだ。前のめりに引っ張られながら走っていた。
「ハハ、頑張って。雰囲気ですよ雰囲気。普段中々出来ない事、せっかくだからしちゃいましょう。楽しむんですよ?気持ち、何だか弾んで、馬鹿な事してるって、結果楽しくなりますから。もっと走って走って」
あ、もう…はぁ、息が苦しい…。男の人に手を繋がれて走るなんて、後にも先にも、今日が初めて。はぁ…はぁ。…フ。…みんな見てるじゃないの。
「…ねえ…かなり…見られてるー」
人、多いから…。ついて行くだけで精一杯よ。
「ですね。…おっと」
前から来る人を上手に避けて駆ける。
「フ。フフ。でも、…」
「え?楽しくなってきましたか?」
「はぁ、…うん、…ちょっと」
長い交差点を渡り切る辺りでは徐々にスピードが落とされた。
「はぁ、お疲れ様でした。これで珈琲も美味い!」
「あ、もう。はぁ…疲れた…はぁ」
「フ。大丈夫ですか?さあ、行きましょうか」
「え、あ、ちょっと…待って」
手を握り直された。息を整えた。
「はぁぁ、…うん。行こう」