恋?…私次第。~好きなのは私なんです~
「ここなんだ」
店の裏手になるのだろう。駐車場に車を停めた。
「残ってるといいんだけど」
「え?」
「ん?何でもない。行こうか」
「はい」
また、変わらず手を取られて車から降りた。
「今晩は」
少し先に暖簾をくぐった高守さんの後に続いた。
着物に白い割烹着の女将さんが小走りで厨房から出て来た。
「いらっしゃい。あら、まあ珍しい、お休みの日に、しかも夜に来るなんて。…あ、ら」
今のって、後ろに見えた私に対しての"いらっしゃい"だ。余計なコブがついて来たって、そんな感じかな。
「ん?定食、出来るかな」
「え?いいわよ~。高守さんの為なら無くても作るから。ここ座って。…随分お若いお嬢さんとご一緒なのね。さあ、貴女も座って?」
椅子の背に触れ、カウンターの、高守さんの隣の席を勧められた。
「有り難うございます。あの、私、若くも無いし、お嬢さんでもありません」
「…あ、ら、フフ。社交辞令よ?フフフ」
…ですよね。だから、女の私だから解る。きっとこの人は高守さんの事が好きだって。…艶っぽい、綺麗な女将さんだ。…余計なのがついて来てごめんなさい。
お水を出された。
「何にする?焼き魚にしてもいいし、言ってたサバ味噌もあるし、鶏南蛮でも」
「私、サバ味噌がいいです。ご飯は少なめで、お願いします」
迷うつもりもなかった。変だけど、メニューに迷って時間を掛けたくなかった。
「じゃあ、それにしよう。サバ味噌二つで」
「…畏まりました。高守さんはご飯は普通に?夜だから少なめにします?」
身体を気遣って言ったのだろう。
「あ、いや、普通でいい」
「…そう、では少しお待ちくださいね」
厨房に戻った女将さんは、手際よく器の準備を始めた。怪我の事に触れないって事は知らないのかな…?。
「人の紹介で來るようになって、もう長いんだ、ここ」
「…え?そうなんですか」
いけない。考え事をしてばかりだと話を聞いてないみたいに思われてしまう。
「息子が居ると言っただろ?」
「は、い」
「…早くから、あいつと二人なんだ。正直、息子には悪いと思っているよ。母親に居て欲しい時に居なかった訳だからね。…結婚は早くてね。終わるのも早かったって訳だ。息子も今は一人で暮らしている。だから私も一人暮らしって事だ」
「そうなんですね」
「はい、お待たせしました。…どうぞ」
二人分の定食をお盆に乗せ、それぞれ置かれた。
「…ごゆっくり、どうぞ」
お茶の入った湯呑みを置かれた。厨房に戻った女将さんは背を向けて洗い物を静かに始めた。聞き耳を立てられていると思った。
「あまり、興味はないかな?私の事には」
「え?そんな事は…。年齢からして息子さんはお若いのですね」
「んん?」
「あ、あ、変でした。大きな息子さんがいらっしゃるのですね。あ、すみません有り難うございます」
割り箸を取って渡してくれた。
「ん、25だ。大学を出て何かしたいことがあると、在学中からバイトをしてた。お金を貯めるからバイトをすると言って就職はせずだった。一人暮らしで生活をしながら貯めて、やっと起業した。詳しくは聞かないけど、それなりにやってるみたいだ」
「立派ですね」
「立派かどうか…、人に使われたくない。そんな気持ちからだよ。立派とは違うな」