恋?…私次第。~好きなのは私なんです~

「そろそろ私は帰る事にするよ」

…あ。

「あの、色々と、醜態を晒してしまって、ごめんなさい。途中までは記憶はあるんですけど。それに…嫌な気分にもさせてしまって。あ、送ってもらって有り難うございました」

起きてちゃんと謝りたいのは山々だけど、今の私は服を着ていない。高守さんはこちらに背を向けるようにしてあまり布団を浮かさないようにベッドからするりと抜け出ると、しっかりと私の肩まで布団を掛けた。

「…せっかく抱きしめて欲しいと言われたのに、その抱きしめた行為が君の記憶に無いなんて。ちょっと残念だね。朝まで寝てしまってすまなかった。言い訳だが、疲れていた身体に人肌は温かかったからだと思う。やっぱり…言い訳だね。
では、本当の意味でゆっくり休んで?出た後、鍵を忘れず掛けるようにね」

頷いたら頭に手を置かれた。手にした上着に腕を通しながら部屋を出た。
ゴトゴトと革靴を履く音が聞こえてきた。
ドアが開く音がして静かに閉められた。

…は、あ。なんて事…。昨夜の私は何者?日頃、顔を出さない部分?……久々のアルコール、余計効いたのだろうか。
自分の中に何が起きていたのだろう。はぁ。そもそも、何故バーに行こうとしたのか。解らない。
口が滑ったのか…。話の前後でそんな気になったのか…。何故か記憶が抜け落ちている。
ご飯の時はアルコールは口にしていなかったし。特に饒舌になるほどテンション高めでもなかったはず。この部分は記憶が鮮明なのが当たり前だと思うのに。…何も考えず…衝動ってモノかな。でも、衝動って、じゃあ、何よって事よ。
……何よ…。

…あ。ネクタイ、忘れてる。
サイドテーブルの下に落ちていた。きっと、材質が材質だから滑り落ちたんだ。
腕を伸ばして拾い上げた。

私が抱いて欲しいと言ったと言った。寂しかったから?何故寂しいと思ったのか。疲れていたから?日々、帰って来ても話を聞いてくれる人も居ないから。
一人が長いから、寂しさが溜まりに溜まっていたって事なのかな。それがここで一気に湧いて出たの?
……弱音みたいなモノ。今までそんな可愛らしい事は言った事がなかった。
それを、私の事をほとんど知らない高守さんに…。しかも、抱いて欲しいなんて…。あ゛。取りようによっては…って事になっていたかもだ。はぁ、危ない…。本当危ない。
そんな気は無かったと思う。高守さんだって、抱きしめてくれただけだ。ですよね?

…連絡しておこう。

【ネクタイ、忘れています】

直ぐ気がつかなくてとか。どうしましょう、次、会う時にしましょうか。預かっておきますね、なんてところまで言う関係性でもない。
今日の事で、連絡は来なくなるかも知れないし。

ふう。どうやら返信は無いようだ。はぁ、…どうしよう。ネクタイもだけど…色々…。


ピンポン。

え?

カ、チャ。…え?ドアが開いた。あ、鍵…。直ぐ掛けておくように言われてたのに。

え?足音が近づいて来てる。出て行かなかったから…人が居ないって確認したから?開いてるって解って侵入?……誰…恐い。……どうしよう。
ドアの前まで来た。隠れる場所も、時間の猶予も無い。布団を被った。思わぬ声が出ないよう、口に手を当て息を殺した。

「逢坂さん?」

ひ。部屋の外で声がした。

「私です。高守です。声、解る?」

あ。…は、あ。…良かった、高守さんだ。

「勝手に入って来てごめん。メールを見たから。置いたままだと面倒臭い事になるんじゃないかと思ってね。まだ近くだったから戻って来たんだ」
< 32 / 92 >

この作品をシェア

pagetop