恋?…私次第。~好きなのは私なんです~
「…卑怯な人ですね」
「え?」
「え?あ、酷い人だと思って。その人」
頷いていた。
「猫は元気に走って逃げたようだし、それはそれで良かったんだけど、俺まで同じ…酷い人間だと思われたかもです。多分、ここら辺に居たノラだと思うけど」
無意識にだろう。頬を擦っていた。
「あの、私より貴方が冷やした方がいいですね」
起きる時に額から落ちそうになったハンカチを手にしていた。この人が私の為に濡らしてのせてくれた物だろう。それを頬に押し当てた。
「あ、わ、冷たい!」
「フフ、ごめんなさい?ここ、早く冷やしておいた方がいいと思って。仕事、あるでしょ?腫れない方がいいから。厄介でしょ?職場で色々言い訳とか。痴話喧嘩だとか誤解されても、ね?」
押し当てたハンカチに手を当てたから、男性が持っていた缶コーヒーを取って開けて渡した。
「はい…どうぞ。私も遠慮なく頂きます」
ちょっと振って見せた。
「…どうも。あ、どうぞ」
カチッと開けた。一口飲んだ。
「はぁ…美味しい…、香りにもほっとする。…頭も覚醒します。有り難うございました。
勝手に…こんな場所だから想像を膨らませて、化け猫が出たのかと思っちゃって。何だか…思い込みが激しくて、落ち着きのない人間でしょ?だから、ごめんなさい、返って迷惑を掛けて」
長い時間、迷惑をかけなかった?と聞いたら、大丈夫です、と言われた。その言われ方だと、長かったのだと思った。んー、思い込んで気絶して…運ばせて、気がつくまで居させて…本当申し訳ない…。
「なるほど。思った通りの、大きな化け猫が突然目の前に現れて驚いたって事ですね」
自分を差して、俺、化け猫、と言った。
そんな風にお道化て見せてくれると、迷惑を掛けた事が楽になる気がした。
「あ、まあ、…はい。フフ、そうなります。本当、ごめんなさいね」
穴があったら進んで入りたい気分だ。
「いいえ。ここはいつも通るんですか?あ、別に家が近いのかとか、会社が近いのかとか、探る為に聞いてるつもりはないですよ?昼間ならいいけど、夜は明かりも疎らで治安が良さそうな場所ではないから、女性は通らない方がいいと思って。お節介ですけどね」
「はぁ、そうなのよね。つい最近も、ちょっと…自分に直接って事ではないけど、怖い場面に出くわしたし…。今夜だって、こういうところは通っちゃいけないと思ったけど…」
「思ったけど通っちゃったんだ」
「…うん。つい」
「早く帰りたいって事でしょ?駄目ですよ?結局こんな事になってるんですから」
「そう、違った意味で怖かった」
「ハハハ、思い込んで、でしょ?」
「うん、そうね。そうなんだけど…」
…何だか…んー、まったりしてるって言うか…不思議な時間が流れてる気がした。今夜会ったばっかりの人なのに。介抱してもらったから妙な安心感なのかな…?知らない男性なのに。
「はぁ、帰りましょうか。あまり長居すると、こんなところは本当に不思議な事に出くわすかも知れないから」
「え?あ。そうよね。本当そう。…夜の神社って微妙…あぁ…何だか…怖くなっちゃう。あ、これ、有り難うございました」
座って、今は膝に掛けてあった上着を返した。気を失った時、身体に掛けてくれていた物だ。受け取った男性は、立ち上がると袖を通した。
「…フ。送りますよ、自宅の近く。手前まで」
「え?」
手前?
「遅いですから送ります。でも自宅まで送ったら、さっきの言葉と矛盾しますから。だから、手前まで、です」
「あ、ハ、ハ…。そんな風には思わないわよ?」
「缶…」
「え?」
「空いてたら捨てて来ますから、ください」
飲み切った空き缶を引き取りゴミ箱に捨てに行ってくれた。
結局、物凄く近くもなく遠くもなく、話しながら歩くには絶妙な距離を送ってもらった。男性はまた仕事に戻るらしい。
「言葉通り、この辺りで大丈夫です。有り難うございました。ごめんなさいね、まだ仕事があるのに」
もう、ほぼ、ここですと言っているようなものだけど。アパートを前にしてお礼を言った。ブー、あ、バッグで携帯が鳴っているのが解った。
「あ、どうぞ出てください、大丈夫です。大丈夫だから送って来ました。では、戻ります、おやすみなさい。帰宅の確認で彼かも知れない。心配させてはいけないから早く出てください」
早口で詰め込むようにしゃべると、じゃあ、と言って駆けて行ってしまった。ちょっと振り向いて、怖くなかったでしょ~?と、声が聞こえて来た。
あ。有り難う。一人だと怖い、それもあったから、だから…送ってくれたんだ。
はぁ、携帯が鳴ってたって彼って事は無いんだけど…仕事関係かな…。しかもメールだし。そんなに慌てなくても大丈夫…あ。
高守さんだ。