今度会ったら何をしようか
「だって、結婚だもの」
そう言って、僕の手を取り、自身のお腹にあてる。その意味を理解するのに時間はかからなかった。
「斗真と私の子だよ」
ふふふと口角をあげた優子に、僕は頭が真っ白になる。寝耳に水とはこういう事だ。目を見開く僕に優子は言葉を続ける。
「本当よ。今月、まだきていないの」
そんなわけがない。最後に優子と肌を重ねたのはもう随分昔のことだ。だが、優子は勝ち誇ったように口を開く。
「子供がいたら、結婚するよね」
嘘だ、これは優子の嘘なのだ。一瞬でもそうなのかもしれないと思ってしまう自分が馬鹿らしく、いかに優子に振り回され続けていたかを改めて思い知る。
「ごめんね、優子。もう終わりなんだ」
僕は優子の手を振りほどき、立ち上がる。優子は「待って」と声を荒げ、そして

「じゃあ、死ぬから」
とぽつりと言葉を漏らす。

「ごめん」
僕は一言そう告げると持ってきた鞄やジャケットを手にして、背中を向ける。脅しが効かないと感じた優子はただただ嗚咽を漏らし、その声に罪悪感を覚えつつも、僕は靴を履く。ドアノブに手をかけようとした時だった。
「じゃあ、斗真が死んでよ」
冷たい声が背後から聞こえ、思わず振り返ると優子が何かを振りかざすのが見えた。咄嗟に顔をかばうが、次の瞬間に鋭い痛みが右手に走る。だが、痛みよりも恐怖心が勝った僕は慌てて部屋を飛び出す。
「じゃあね」
優子の小さな声が聞こえる。その声は久しぶりに聞いた優しい声で、懐かしい声でもあった。
しばらく走り続け、僕は泣いた。悔しかった。今まで散々、彼女を甘やかしてきたのは僕だ。甘やかして、安心させて、それが彼女にとって幸せだと思っていた。そうではない。違ったのだ。僕がそうすることで僕自身の存在意義を見出していたのだ。彼女には僕が必要なんだと思うことで、自分の承認欲求を満たしていたのだ。
ただ泣き続け、涙も止まった頃、腕の痛みが増す。ぎゅっともう片方の手で抑えながら、やりきれない思いを抱えながら僕はとぼとぼと歩くのだった。
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