今度会ったら何をしようか

次の日は、何もする気になれなかった。腕の傷は痛みのわりには深くはなかったが、優子が残していった想いが込められている気がして、一層痛む錯覚さえ覚えた。
その次の日、重たい腰をあげてベッドから這い出す。こんなにも憂鬱な出勤の朝は久しぶりだ。僕はパジャマを脱いで、水色のシャツに腕を通す。シャツに腕が擦れるたびに、ヒリヒリとした痛みを感じる。今日はA大の学生との打ち合わせがあるし、午後は出張販売もある。僕は痛みから、優子から逃げるように顔を洗う。どんなに冷水を浴びても、それらはベッタリと僕に張り付き、離れることはなかった。

何事も無かったように出勤し、利用者が食堂に置いてある水槽を覗く。グッピーに餌をあげ、職員室に戻ると、出勤してきた園長と出くわす。
「おはよう。今日は打ち合わせよろしくね」
「はい、食堂お借りします」
そんな会話を済まし、どんな子が来るのだろうかと想像してみる。去年来た専門学生はやる気が感じられず、林さんもお手上げだった事を思い出し、そんな事になりませんようにと僕は少し願った。
朝礼を終えて、午後に販売するミサンガやクッキーの数を確認していると、事務の職員が「穂波さん、学生さん来ましたよ」と顔を出す。僕は自分に気合いを入れるため、ピシャリと頬を叩き、初めての実習担当として出向く。玄関に行ってみると、スーツに身を包み、黒髪を束ねた女子学生が緊張した面持ちで立っている。
「おはようございます」
僕に気が付いたのか、彼女は一瞬ハッとした表情を浮かべる。緊張のせいか表情はかたかったが、なんともやる気を感じる声だ。
「おはようございます。穂波です」
そう言って僕は彼女に近付く。
この子、どこかで・・・
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