今度会ったら何をしようか
次の朝、憂鬱な気持ちを抱えたまま家に戻る。足取りは重たかったが、学校に行くために一度着替えなければならない。家の鍵は開いていた。もしかしたら昨日家を出た時から開いていたのかもしれない。そっとドアを開けると、洗面室の方から何やら物音が聞こえる。足音をたてないように近付くと、父が髭を剃っていた。
「なんだ、椿か」
鏡にうつった私に気付き、父が振り返る。
「なんだ、朝帰りか」
父の表情は素面の時と変わらない。
「昨日の事覚えてないの」
「出掛けるって言ってたっけ」
「うん、バイトから帰ったら友達の家で泊まるって言ったじゃない」
複雑な気持ちのまま、父の話に合わせる。
「そうだっけ」
「そうだよ。なんでこんなに部屋が汚いの」
父は少し悩んだが
「それが覚えてないんだよ」
と、苦笑いをした。
その日から、私は父への不信感を募らせた。そして、それは男性への不信感へと変わっていく。父はそれからも酒を呑んでは変貌し、そういう時は、決まって友達の家に逃げた。怖かった。父が、男の人が。
高校三年生になった私は、進路に悩んでいた。この家を出たいがために、県外への進学や就職も考えていた。だが、どこかで父を心配していた。私がいなくなったら、父はもっと荒れてしまう。このままだと仕事も辞めてしまうだろう。私がいればそんな父の心の安定を望めるのではないか。
私は父のことを誰にも話さなかった。家出先の友達にさえ、父が出張していて一人では寂しいのだと嘘をついていた。だから、いつまでも進路を悩む私に、担任の先生は疑問を持ったに違いない。あの時、先生がボランティアの呼びかけをしてくれていなかったら、私はうじうじと悩み続け、どうなっていたかは分からない。
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