今度会ったら何をしようか

しばらくして、トイレに行きたいというたっくんはスタッフと一緒にスーパーに連れ立った。一人になった僕は、忙しそうにカゴを持って歩く主婦や、杖をついてゆっくり歩くおじいさん、赤ちゃん連れの若い母親なんかをぼんやり見ていた。平日の午後。そろそろ桜も咲きそうな暖かさだ。この施設で過ごす十二年目の春。気付けば三十路もとっくに超えて三十五歳だ。親からはそろそろ結婚しろとか、彼女に挨拶させろとかとやかくうるさい。会う度に催促されるのに嫌気がさして、最近は実家に顔も出していない。

唐突に思い出した口やかましい母親に憂鬱していた時だった。一人の女の子がこちらにやってくる。高校生くらいに見えるその子は、遠慮がちに近付き、テントに入ってきた。
「あ、いらっしゃいませ。えっと、さくら園の桜クッキーいかがですか」
ぼんやりしていた事を悟られないように、僕は必死で取り繕った。幸い、その子は僕の顔を見ることなくクッキーを眺めていたので気付いた様子はない。その子はじっと動かずにいたが
「桜の形なんですね」
そう言って、一瞬僕の方を見た。小柄のために実際には見上げた、といった表現が正しいかもしれない。
「可愛いでしょう」
僕はそんな事を言いながら、その子の顔を見つめる。化粧はしてるかしていないか分からないほどで、とても幼く見える。お人形さんのそれのように、切りそろえられた前髪がまた幼さを助長していた。
「はい、可愛いです」
その子は少しはにかみながらうんうんと首を振って答えた。胸の辺りまで伸びた黒髪がさらりと揺れる。
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