キミに嘘を吐く日
ずひっ、と鼻をすする音がして、さすがに視線を上げて宇野くんの顔を見た。


「ヤバイ、これすっげ泣ける」


泣ける、と言いながら涙を袖口で拭う宇野くんは、私が見ていることを気に止める様子もなく、こちらばかりが気にしている。


「宇野くんって……」


言いかけてやめた。

やっぱり変な人だと思うけど、宇野くんが読んでいる本の著者は私が好きな作家さんで、まだあらすじしか知らないけど、読めば私もきっと泣くかもしれないと思ったから。


「御門さん、まだ読んでないんだろ?これな、めっさおススメ」

「うん。次、それ読んでみる」

「俺、あと少しで読み終わるから渡すな」

「あ、ゆっくりでいい」


本は何かを気にして読むものじゃないと思うから。

自分の世界に入って、自分のペースで読みたいものだと思うし。


「分かった」


それだけ言うと再び視線を本へと落とした宇野くんは、すぐに本の続きに読み入っている。

その集中力には感心した。

1年間同じ教室で一緒に過ごしたクラスメイトなのに、今初めて宇野くんの事をきちんと見た気がした。

今クラスメイトの誰かを思い出そうとしても、とっさに浮かぶ人間なんていない。

それが今無性に寂しいことのような気がした。
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