ホワイトデーの約束
19時を少し過ぎた時、目の前のスマホが震えた。


『もしもしっ!』


反射的にとった電話は1コールも鳴っていなかったかもしれない。


『悪い、香奈!急な会食が入って、その、今夜行けそうにないんだ』


一瞬、何を言われているかわからなかった。
冷水をかけられたかのように、私の中の熱が消えていく。


『断ったんだが・・・社長も出席するからと ――』


何度も悪いと繰り返す先輩の声はいつもより弱々しくて、唇を噛む。
仕方ない、彼が悪いわけじゃない。仕方ない。


『そう、なんですね。わかりました』
『本当に申し訳ない』


そんな声で謝らないでほしい。もっと苦しくなってしまうから。


『気にしないでください、お仕事なんですから。・・・あの、無理、しないでくださいね。それじゃ』


彼が何かを言う前に自分から通話を切った。
これ以上話していたら、なりふり構わずわがままを言ってしまいそうだったから。

今、彼にとって大切な時期だ。困らせたくはない。
わかってる。わかっていても、やっぱり



「・・・寂しいな」



口に出してしまうと、想いが一気にこみ上げる。

期待して、一人で舞い上がって・・・ホント馬鹿みたい。

じわりと溢れてきたものを目を閉じて押しこめたけれど、しばらく治まりそうになかった。
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