【短】桜の涙に恋焦がれ

「わたし――――」



 大丈夫だからって言おうとしたら、ふわりと煙草の匂いがして、雨に湿気たスーツのごわごわした感触が頬にあたった。



「お願いします。無理して笑わないでください」



 痛いほどに力強く抱きしめられて、雨で冷えてしまった身体が急に熱を持つみたい。


 抱きしめられた向こうに見える桜が、まるで泣いているみたいだったから、抑えていた何かが溢れる。



「もう見たくないんです。咲川さんが無理してるの」

「……そんなこと言ったって」



 どうにもならないことってある。


 社会人になれば無理して笑わなきゃならないこともある。
 思ってもいないことを口に出すこともある。
 嫌いな奴をおだてたり、自分を殺して下を向くこともある。


 我慢することが増えていく。

< 6 / 17 >

この作品をシェア

pagetop