エリート上司の甘く危険な独占欲
「それじゃあな」

 柊一郎の靴音が遠ざかり、やがてドアが開いて閉まる音がした。その瞬間、華奈の目から涙がこぼれ、カウンターにポタポタと落ちた。

「……っ」

 嗚咽が漏れそうになり、華奈は左手を口に押し当てた。これ以上涙がこぼれないように、手にぐっと力を込める。

(柊一郎さんは私が私だから好きになってくれたんじゃなかったの……?)

 信頼していた相手からのあまりにひどい別れの言葉。もうこれ以上声を押さえられそうにない。

「ふ……」

 思わずしゃくりあげそうになったとき、カウンターの上にコトリ、とグラスが置かれた。底が丸く膨らんだカクテルグラスで、中を淡い乳白色の液体が満たしていて、縁には塩が塗られている。

(こんなの、私、頼んでない)

 驚いて顔を上げると、カウンターの向こうにいた三十代半ばくらいのバーテンダーが、左手でカウンターの奥を示した。

「あちらのお客さまからです」

 バーテンダーの手の先へゆっくり顔を動かした華奈は、八つあるカウンター席の右端に座っている男性を見て、目を見開いた。

「い、一之瀬部長」
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