エリート上司の甘く危険な独占欲
 左手を軽く挙げたその男性は、“恋人にしたい男性ナンバーワン”の一之瀬颯真部長だった。細身の黒いスーツがスラリとした長身によく似合っていて、大人の雰囲気漂うバーで一人グラスを傾ける彼は、大人の余裕と色気すら感じさせる。

(な、なんでこんなところに一之瀬部長が?)

 苦手な上司の存在に気づき、華奈の顔が引きつった。だが、彼がカクテルを奢ってくれていることは間違いない。

 華奈はぎこちなく笑顔を作り、颯真に小さく会釈をした。颯真は一度うなずく。

(こういう場合は……ありがたくいただくべきだよね)

 華奈は目の前のコースターに鎮座しているカクテルを見た。柊一郎とのディナーで赤ワインを一杯、バーに来てモヒートを一杯飲んでいるが、こんなひどい気分のときなら、いくらでも飲めそうだ。

 華奈はグラスを取り上げた。テキーラの甘い香りがして、一口飲むとグラスの縁の塩のしょっぱさと柑橘系の爽やかな味が口に広がった。

(マルガリータだ)

 アメリカ人のバーテンダーが、事故で亡くした恋人を偲んで作ったと言われるカクテルだけに、胸にじーんと染み込んでくるような味わいだ。
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