口づけは秘蜜の味
それは過ち?

「それで?望みはなんだ?」

「……え…」


甘い湿度の高いキスに酔いしれた早朝

指先で触れた素肌や唇の熱さとは裏腹に冷たい口調で

彼が私に冷水のようにそれらをピシャリと浴びせたから…

するすると記憶が戻ってきて
私は急いでベッドを降りて散らばった服を身につけた

「望みなんて……無いです…ごめんなさい…」

ああ、なんてことをしてしまったんだろう

私が幸せを感じてしまったこの時間は

この人にとっては…
私が身体の代わりに何かを要求するだろうと思って抱いた、単なる『仕事』だったのだと気づいた

「そう…」

可愛いだなんてあんなに甘く囁いたって

全部嘘?

秘密を守るための手段だったの?



その人は情事の後の気怠い時でも

尚、冷ややかな口調と佇まいは崩さない
きっと、恋愛になんて溺れないんだこの人は

噂は本当だった…

冷徹と言われる…彼は…私の上司

泣かないうちに早くこの場から立ち去らなくては



「坂下?…」


そんなに甘いバリトンの声で呼ばないで


好かれてないなんて分かりきっていた

それなのに…抱かれて
もしかしたらなんて淡い期待を持ってしまった私が悪い……

少しだけ浮かれていたんだ

「ごめんなさい、失礼します…」

慌てて荷物を掴むと

扉を開けて外に飛び出した
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