口づけは秘蜜の味
(まぁ……一夜の夢だと思ってそこはおいしく噛み締めて、諦めればいいよね)

幸い…彼の家と私の家はだいぶグレードは違うけれど
歩いていける距離だった

重い足を引き摺りながら家に辿りつくと

急いでシャワーを浴びた…

全部流してしまいたかった

情事の跡も、気持ちも事実さえも
この水と一緒に流れてしまえばいいのに

あんなに可愛いだなんて言っていたって、
あれは秘密を守るための手段…

きっとこんな事、彼にとっては大したことなくて

…何食わぬ顔で出社してくるんだから……



キュッと流れる水を止めると
柔らかいタオルに顔を埋める

(はぁ……忘れちゃえ、忘れちゃえ)

そうして、顔をパンパンと軽く叩くと

(大丈夫、大丈夫)


そう、鏡の中の自分に言い聞かせた




顔色の悪さをごまかすように

いつも以上に気合いをいれて顔を作り

キッチリとした身体の線があまり出ない作りの
ライトグレーのスーツに身を包んだ

何でもなかったとアピールするためにも
いつも以上に気合を入れたのだ

そうでないとふにゃふにゃと心が曲がってしまいそうだったから…



出社すると彼、神上部長は立ち寄りがあるらしく

ボードに出社が10時との記載があった

すぐに顔を合わせなくて済むと、どこか安堵しながパソコンを立ち上げれば

「おはようございます坂下チーフ」

「おはよう」

後輩たちも出社してくるから

気を引き締めて仕事に向かう

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