口づけは秘蜜の味
「チェックお願いします」

訂正箇所を直して提出すると
神上さんはこちらをちらりと見ただけで 

「わかった、見ておく」

と言った

拍子抜けするほどいつも通り……
昨日私と……だなんてすっかり記憶から抜け落ちているようだ

はぁと息をこっそり吐き出しながらデスクから離れようとすると呼び止められた

「坂下」

「はい…?」

スッと画面から一瞬顔を出して神上さんが唇だけ動かしてこちらを見る

その綺麗な瞳に吸い込まれそうだ

低い響くバリトンの声が耳に届く

「今日の就業後は予定は空いてるか?」

「はい…」

「食事に行くから、付き合うように」

急な誘い…

誰かに聞かれやしないかと辺りを見回すと
ちょうど出払っていて近くのデスクには誰もいなかった

その感情の読めない冷ややかな視線に……

慌てて首を振る

「いえ、けっ結構です!あの、昨日の件でしたら忘れてください!私、絶対に口外しませんから!」

「……ダメ、拒否は認めない…とにかく、今度は逃げるなよ?」

その射抜くような、けれど冷えた視線に……

(ひ……)

小さく頷いた

……本当に望みなんてないし

秘密を話したりなんてしないのに……

「車できているから遠慮しなくていいから」

「わかりました…」



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