あの日の帰り道、きっとずっと覚えてる。
***
「翔琉…マジで残ったな…」
「いや、お前もな。」
広音は俺の事が怪しすぎたのか、一緒に十一時まで残った。
「わざわざ十一時まで残るとか言うから、なんか悪いことでもすんのかと思ったら、普通に勉強してるし」
「やから言うたやろ?」
十一時まで残るために課題をいっぱい持ってきたんだよ。
名前もわからないあの子に会うために。
あぁ本当、広音の言う通り、俺どうしちゃったんだろう。
「んじゃ、翔琉、帰ろー」
「おう」
二人で塾から出る。
自転車を取りに行き、荷物を乗せて広音と別れようとした。
「翔琉」
「ん?」
振り返ると広音は真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「マジで悩んでる事とかあったら、言えよ?」
悩んでいること?
そうさ。悩んでるよ。名前も知らないあの子のことで。
広音はヘラヘラしているけれど賢いし、案外人のことを見ているから油断ならない。
「あー…大丈夫やって」
俺は言葉を濁す。
あ、でも、広音はイケメンだし、それなりに恋愛経験ありそうだから、ひとつ質問しておこう。
「なあ、広音」
「ん?」
「あの…名前もわからんような奴やのにさ、なんか、こう、話したいとか思うのって変?」
広音は少し驚いたかのような表情をして口を開けた。
「………変…じゃないんちゃう?」
「なんだよその間は」
「いや〜翔琉も大きくなったなぁって」
「お前はオカンか」
「ハハッ。ちげーわ」
爽やかに笑っていた顔が、後半、一瞬で悪魔の形相に変わった。
演技力はピカイチかよ、とツッコミたくなったがやめておく。
「まぁ、変じゃないならえーわ」
「お、おう」
「広音はモテるもんなぁ」
「は?別にモテてねーよ」
目は笑っているが、顔はまた黒くなる。冗談交じりだと分かっていても身を引いてしまうほどのオーラがあった。
「嘘つくなってー。あ、やべ。帰るわ、じゃあな!」
「おー」
俺は自転車を漕ぎ、ロータリーへと向かった。