あの日の帰り道、きっとずっと覚えてる。


毎日彼女がこの時間にベランダに居るかなんて知らない。
ただ、少しの希望に懸けて君に会いに行く。
少し進んで軽く右に曲がる。
自転車屋は閉まっていて、人通りも少なく、虫の音が聞こえるのみだ。
そして、顔を見上げた先に、君は………。



居ない。

少し遅かったかな。
俺が来ることが嫌になって、もう出て来ないのかな。

俺は自転車から降り、あのベランダを見つめていた。

君に少しでも会いたかった。
顔を見て話したかった。

君はすぐ近くに居るのに
俺の目の前には居ない。

俺は、どうしてもそのまま帰ることが出来なかった。

チリン…。

虫の音が囁く中で、俺は無意識に自転車のベルを鳴らした。

「………─────かわいいかわいい私の赤ちゃん………」

あ。
この聞き覚えのある声は…あの子の声だ。
でも、姿はない。
近くで聞こえるのに。

< 12 / 240 >

この作品をシェア

pagetop