あの日の帰り道、きっとずっと覚えてる。
それでも、あのスッキリとした小鳥の囀りように綺麗な高音を聞けるだけで、何故かフワフワした。
同時に、またむず痒い気持ちが出てくる。
モヤモヤとした異物がこみ上げてきた。
会えないと思ったから声が聞けて嬉しい。
声が聞けたら、次は君の姿が見たい。
姿が見えたら、君と話がしたい。
あの子に対しての想いが俺の中で尽きることはないんだな。
こんな事考えてたら聞くにも聞けないのに。
「………夢をみて…」
「……大丈夫よ」
「…ママはここにいるからね」
「………小さな小さなこの手足…」
「…………スクスク大きく育ってね…」
「……───あなたはどんな大人になるのかな」
「………大きくなっても ずっと笑っていてね」
「……私の大事な宝物…」
「…………………ほら…」
「………………」
あれ……終わった?
『ほら…』なんだ?
すると、音も立てず、ベランダの縁から彼女の後ろ姿が現れた。
「うわ!」
驚いて声が漏れる。
このマンションのベランダは、柵はなく、レンガ模様のコンクリートでできているため、彼女が、もたれかかって歌っていることに気が付かなかったのだ。
って…驚いて叫んだせいで、思いっきり見られた!
「………あ、えと…」
パタパタパタ。
見えなくてもわかる。
彼女が靴を脱いで部屋へ戻ろうとしている音。
「ちょ、待って」
すると彼女は立ち止まったように、全ての音が消えた。
「………どうして今日もいるの…?」
「え…いや、その…たまたまで…」
突然の質問になんて答えていいか分からず、モゴモゴとした返事をしてしまった。
当然、彼女は何も言わない。
困った結果、逆に質問してしまった。
「あの…毎日ここで歌ってんの?」
「…え……………」
「お姉ちゃーん?ゴミ捨て終わったんやったら、こっち手伝って〜!」
奥から小さな女の子の声がした。
「あ、うん!分かった、すぐ行くね〜!」
「ちょ、待っ…!ま、毎日聞きに来ていい?」
「…無理です」
ガラガラ、ピシャッ!
即答で断られた。
少し気を落とす俺。
それでも、彼女に会いたいという気持ちはどうしても変わらない。
だから、これから毎日十一時まで自習して、帰り道に通ったってことにしよう。
また、俺は決心した。
彼女に嫌われているなんて、既に分かっている。
自分がワガママだってことも。
でも、まだ知り合ったばかりだ。
最初から諦めてどうする。
少しでもいい。
無駄話でもいい。
彼女と話して、俺のことも知ってもらいたい。
また俺は軽快に自転車を漕ぎだし、マンション横の細い道を、勢いよく走り抜ける。
強く吹いた風が俺の体に抵抗するように冷たく当たる。
それでも、俺の心は冷めることを覚えなかった。