あの日の帰り道、きっとずっと覚えてる。
「光希歩ちゃん、落ち着いて!ほら、左手!血だらけよ!」

私の左手を優しく包んで、落ち着かせようとする千佳さんを無意識に払い除けた。

「やだぁ!海光のところに行く!」

それはまるで小さな子供が、親に留守番を頼まれた時のような反応だった。

左手が血まみれだなんて、こんなの右脚を失った私からすれば、痛くも痒くもない。
ましてや、海光を失わずに済むのなら、どれだけ自分が傷を負っても構わない。

「お願い、死なないで!!海光!海光に代わってよ!ねぇ!海光…海光…海光っ!!」

電話台を叩きまくった。
今ある現実をぶち壊したかった。

《……お姉ちゃん!?》

……すぐにわかった。
耳に入ってきた、愛しい妹の声。

「海光!?大丈夫なの!?今どこにいるの!」

《お姉ちゃん、大丈夫やから落ち着いて?な?》

「落ち着いてなんかいられないわよ!ねぇ海光、逃げて!遠く、高く、頑丈なところに!!私や、海光の本当の家族のようになっちゃう!!お願い、早く!津波がくるっ!!」

精一杯伝えた。
海光なら分かってくれると思ったから。

《もう!本当でも何でも、お姉ちゃんが、うちの家族やねんから!》

わかっていない。
本当の津波の恐ろしさを。
経験したと言っても、記憶がないから経験していないのと同様だ。
だからこんなに余裕でいられるんだ。
また地震がくるかもしれないのに。

「今はそんなこと、どうでもいい!私は海光がいなくなったら、生きていけない!お願い海光、言うこと聞いて。死なないで…」
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