あの日の帰り道、きっとずっと覚えてる。
それでも、光希歩の様子が気になった俺は、どうにかして顔を合わせたいと、部屋の前の廊下をウロウロとしていた。
さすがに女子の部屋に入り込むのは気が引ける。
ただでさえ家の中に好きな人がいるだけで、余計なことを考えてしまうのに、そんなことができるはずもなかった。
すると、懐かしい声が廊下まで響き渡ってきた。
「────かわいいかわいい私の赤ちゃん…」
「…夢をみて」
「………大丈夫よ」
「ママはここにいるからね……」
「…小さな小さなこの手足」
「スクスク大きく育ってね………」
すると、海光ちゃんの声が乱入した。
「うち、赤ちゃんちゃうし、お姉ちゃんはママじゃないで?それ何の歌なん?」
それに対し、光希歩がクスクスと笑う声が聞こえてきて、少し安心した。
「この歌はね、私のお母さんが作った歌なのよ。私が小さい頃に歌ってくれてたんだって。それを海光にも伝えたいなぁって思ったの」
「ふうん。…お姉ちゃん、ほんま歌上手いなぁ。歌手になったらええのに!」
「ええ?」
歌手…か。
確かに、光希歩は歌が飛び抜けて上手いと思う。
独特の高音ボイスに、透き通り、弾ける音の粒。
ましてや俺からすると、周りの景色が一変して見えるほどだ。
「絶対むいてるって!うち、お姉ちゃんの歌声めっちゃ好きやし!」
さらに興奮しだす海光をなだめるように、光希歩が「はいはい、もう寝なさい」と言った。
そして俺は、彼女がポツリと言った言葉を聞き逃さなかった。
『もし明日が来ても、絶対にいなくならないで…』
俺は、まだ明日が来ることに怯えている光希歩を変えてあげたいと、強く思った。