あの日の帰り道、きっとずっと覚えてる。
控え室に逃げるようにして戻る。
やっと、さっきまで吸えていなかった空気が吸えた気がした。
私の歌をどう思われたか、不安でならなかった。
お母さんの歌は、私に見えるはずのない景色を見せてくれるほど、美しかったのを覚えている。
だけど、それが娘だからといって私にもできるとは限らない。
ただ歌が上手いというのと、他人の心に与える影響とは違う気がする。
海光も翔琉も、歌が上手いと言ってくれた。
でもそれは音程の問題ではないかと思う。
音程が当てはまっていれば上手いと思うのは当然。
それが難しい人もいるのだろうけれど、プロの歌手はきっとそれだけではないはずだ。
オーディションでも、それを見ているはず。
すると後ろで扉を三回叩かれた音がした。