あの日の帰り道、きっとずっと覚えてる。
冷たい世界から、ホッと暖かい空間へと戻る。
ゴミを触った汚い手を洗いに行こうとした。
「あ、光希歩ちゃん」
後ろから呼び止められ、振り向くと、とれかけのパーマがかかった祖母が立っていた。
「どうしたの?おばあちゃん」
「あのね、わたしに、もしものことがあったら、ここに書いてある連絡先に電話しなさいね」
そこには『岸元 泳司 キシモト エイジ 〇九〇-××××……』と書かれた紙があった。
「いやだなぁ、おばあちゃん。〝もしも〟だなんて。まだ全然ピンピンしてるじゃない」
「〝もしも〟よ。いつ何が起こるかなんてわからないんだから、もしもの事をもっと真剣に受け止めなさい。
本当は光希歩ちゃんが一番よくわかってるんでしょう?」
それを聞いて私は俯いて黙り込んでしまった。
その意味がわかった祖母はまた話し出す。
「ごめんね。でも大切なことだから。ここに書いてる人、光希歩ちゃんのお父さんの弟よ。つまり叔父さんってことね」
うん。とだけ言って、私は洗面所に逃げた。
やめてよ、おばあちゃん。
私の過去を知ってるくせに。
私は無我夢中で手を洗った。
それでも、手についた汚れは落ちた気がしなくて。汚い過去は流れ去ってはくれなくて。
翔琉に過去を話すことなんて、できるのだろうか。
大丈夫。
きっと翔琉は去っていくから話さなくてもいい。
嫌だ。
翔琉とまた話したい。
…もうわからない。
すべては翔琉にかかってるんだ。
翔琉が。
私と他人の関わりを。
決める人になるんだ。