あの日の帰り道、きっとずっと覚えてる。

─────まるでスローモーションのようだった。

黒い悪魔に、一瞬、押されるようにしてカクにぶつかった。

まだ手は握っていた。

周りの人たちの声が、冷たい冷たい水の中に溶けていった。

なにも見えなかった。
息ができなかった。

その勢いは増し、どんどん押し潰されて、どちらが上か下かもわからなくて。
カクの顔も見えない。
ただ握っている感覚があるだけ。

このまま死ぬ?
苦しい。息ができない。

────ゴォォォォ

水の中からも音が聞こえた。

同時に、前にいたはずのカクが、右からきたであろう津波に勢いよく流された。

繋いでいた暖かな手が。
私の希望が。
大切な人が。

一瞬で離れていった。

「カクッ…!」

思わず水の中で叫ぶ。
カクが離れていった方向に必死に手を伸ばした。

もう息は持たない。
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