あの日の帰り道、きっとずっと覚えてる。
無気力でも、何もしていなくても時は過ぎていった。
明日は自然とやってきた。
リハビリなどする気にもならない。
医師に寝たきりになるぞと言われても、なるならなればいいと思って無視をした。
無理やり起こされても、痛いと泣き叫べば優しく接してくれた。
勝手に時間がたつにつれ、溶けて消えていく辛い記憶。それと同時に、さらに失う幸せな思い出。
私の想いを置き去りにして、時間は刻々と進んでいく。
「ねんね!ねんね!」
久々に枕元に海光と化した海美ちゃんが来た。
そう言えば、なぜ海美ちゃんは海光となったのだろう。
そう冷静に考えられるまで、時間は私の辛い記憶を溶かしてきていた。
「おばあちゃん…」
「ん?どうしたの?」
「海美ちゃ…海光はどうして助かったの?」
「ああ、海光ちゃんはね、川田さんって人がここに連れてきてくれたのよ」
「川田さん?」
「あら?お隣さんって言ってたんだけど」
ああ、思い出した。
随分前に回覧板を渡しに来てくれた隣の家のおばさんだ。
「それでね、川田さんの旦那さんが車で近くに迎えに来て、逃げようとした時、海光ちゃんを抱っこしたお母さんが走ってきたんだって」
…そうか。
おばさんは、海光の顔をしっかりと見ていない。ましてや海美ちゃんの顔なんて知らないだろう。赤ちゃんはみんな同じように見えたのかもしれない。
「それで、海光ちゃんを預けて、一人そのまま海の方向へと走っていったんですって…」
……どうして。
お母さん、どうして海美ちゃんを抱いていたの?
どうして津波が来る方向へと行ってしまったの?
どうして。
聞きたい。
聞きたいのに、もう二度と話すことすらできない。