ダメ。俺のそばにいて。





それに気づいて、右手の甲で口元を隠しているうちに左手がふと軽くなる。



見れば、久遠くんの手に移ったペットボトルはプシュと音を立てて開けられていた。




「あー、昨日もありがとう。買ってきてくれて。寝てたけど。」



「…あんな短時間で寝るなんて驚いたよ。」



「特技は、どこでも寝れることだから。」




特技、なのかなあ、それ。




思わずクスリと笑ってしまうけど、なんか久遠くんらしいかも。




喉が渇いていたのか、口をつけたペットボトルの水がどんどん減っていく。




だけど突然、「あ」と言った。





「なんだっけ、名前。」



「名前?…有村星玲奈です。」



「ふうん。あんた、いい名前だね。」




いい名前…?そうかな?



自分だとなんだか可愛すぎる名前な気がして、少し違和感だった。



私には、「可愛い」なんて似合わないもん。




そう思っていると、机から軽やかに降りてピアノの椅子へ久遠くんが移動する。




「だって、セレナってセレナーデってことでしょ?」



「セレナーデ…?」



「…まさか、知らないの?」




グレーの瞳が見開かれて私を見たけど、首をかしげる。



セレナーデってよく聞くのに、何かって言われたら答えられないかも…。




「これだよ、セレナーデ。」




私に一瞬だけ見せた驚いた顔をすぐに消して、優しげな表情へと変わった。




綺麗な指先が白い鍵盤の上へと乗せられる。




その瞬間、華麗な音が音楽室へ響いた。




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