ダメ。俺のそばにいて。
そんな私の頭の中の慌てぶりなんてお構いなしに、久遠くんの右手が動き出す。
私とは違って、軽やかに美しくポーンと一音目が奏でられたと同時に、鍵盤の上を指が踊り出す。
まるで引き寄せられるように無駄な動きがなくて、それでいて紡ぎ出された音楽は繊細で儚い。
しなやかに最後の一音が押し込まれるまで、まるで呼吸の仕方を忘れたかのように夢中になった。
「命名、テキトーに弾いてみた。」
久遠くんの声が、すぐ耳のそばで聞こえる。
「て、テキトー…」
「うん、なんも考えてなかった。テキトー。」
いや、テキトーのレベルが違いすぎる…。
まだ聴覚が支配されて、余韻に閉じ込められたみたい。
久遠くんのピアノに圧倒された私は、上手く言葉が出てこなくて。
「すごい…、やっぱりすごいよ久遠くん…。」
「だから、別に普通だって。星玲奈が下手すぎるだけじゃない?」
「うっ…、いやそれはそうだけど…。」
そこ言われたらなにも言えないけどね!