God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
『キミの進化の時。受け入れて、戦え』
春は出会いを運んでくる、と言う。
ゴウゴウと風が吹きすさぶ中、あちこちで花粉に咳込む輩を遠回しに避けながら、俺は校舎の門をくぐった。
薄ら寒い風が、そこら中から花粉を、あるいは風邪ウィルスを運ぶ。
中庭では、そんな風にも負けず、未だ桜の木が満開だ。
女子は花を手折ってポケットに挟んだり、マイクに見たてて歌っていたり。
こっちはフザけてばかりもいられない。
俺達はとうとう、高3。ズバリ、受験生。
3年5組。
教室に入ろうとすると、6組の女子が固まりでやってきて、「出てってよ」と来た。いや、今来たばかりだし。そしてここは5組で俺のクラスだし。
確かに遅刻スレスレだけど……と言い訳も、そこそこの所に、
「あたしら、ここで着替えるんだから」
そこで今日の1,2時間目体育が身体測定に充てられていた事を思い出した。
「あれ?HRは」
「黒板に書いてあるじゃん」って、今来たばかりなんだけど。
見れば確かに〝HRは省略!各自で直行〟とあり、俺は追い出された勢い、そこから部室へと足早に急いだ。「最近、また縮んだ気がする」と弱腰のノリと一緒に、真っ赤な体操服に着替えて、体育館に入る。
ノリとは一時期、絶交状態に陥っていたのだが、時間が問題を解決というか、結果的にはこっちが土下座して謝り倒した後、なんとか事無を得て、どうにか今に至る。(サラッと述べたが、それはもう必死であった。)
1組のノリとは入り口で別れて、俺は騒然とする5組の男子列に並んだ。
そこに、クラス委員の男子が人数を確認しながらやってくると、
「永田くん、トイレに行ったまま戻ってこないんだけど」
あぁ、それで。
だから、こんなに5組が静かだ。
「永田くん、何やってるのかな」
クラス委員は、物欲しそうにじっと見ている。まるで呼びに行けと言われているようで、俺は「知らないなぁ」と、受け流してソッポを向いた。
そこに黒川がスリ寄って来て、「あのバカ。体重減らしに行ってる」
「って、どこへ?どうやって」
「つまり、一発抜いてんだよ」
黒川は、すぐさま、「小池!」と隣の列に並んでいる女子を呼びつける。
「その爆乳で永田を手伝ってこいよ」
堂々とセクハラをカマし、小池さんだけでなく、そこら中の女子群もドン引きさせた。
永田も黒川も、相変わらず。
というか、黒川は以前にもましてセクハラ攻撃に拍車が掛っている。
思えば、今までは、周りの女子に嫌がられてまでセクハラをひけらかしてはいなかった筈だ。年上の女性教師を相手に、痛い片思いは成就する気配は無く、その捌け口に相変わらず無駄な合コンを繰り返し、未だまともな彼女は出来ず……そういった不満の色々をこじらせているとしか思えない。
出席順に並んで、クラス毎、男子から順番通り計測となった。
身長。最後に測った時は、187㎝。これ以上は要らない。カンベンして。
祈る気持ちで台に乗ると、
「ハイ。187」
何の変わり映えもなかった。これはこれで〝ツマんない〟か。
5組の女子列には、阿木、桂木、そして……右川カズミ生徒会長が、凹んで並んでいる。
目が合った。
容赦なく上から睨みつける。
「少しは盛っとけ。会長の存在感が無い。朝礼で後ろの奴らが見えねーだろ」
右川は折り畳んだ袖を引っ張り出して、隣の阿木に、「見て、萌えソデ♪」と、俺を無視してクルクルと踊った。ジャージは阿木と同じサイズだと言うが、そうは見えない。まるで2人羽織の着られちゃってる感である。
確か入学当時、俺達はちょっと大きめを買わされて、「どうせ3年で伸びるんだから」と説得された筈だが。
「ハイ。145」
「ええ!?ウソ。リベンジっ」
往生際が悪い。
右川は、3年に進級した今になってもチビのまま。ちょろちょろと逃げ回るその姿は、どう見ても、小学生が間違って潜り込んでいるとしか見えない。
計測係を掴まえて、「リベンジ♪リベンジ♪」と、おもちゃをねだるガキのように大騒ぎ。
「無駄な抵抗は諦めろ。いつまでも言うなら、頭燃やすぞ」
「上からまた、くそツマんないツッコミがぁぁぁ~……あー、何で、アタリマエと同じクラスになっちゃうかな。3年と言う大事な時期にさ」
右川は、周りの女子に向けて聞えよがしに吹聴した。
それはこっちのセリフだ。
「ウンコ野郎と普通に喋りたくないんだけど」
それもこっちのセリフだ!
そこに、ガラガラと永田が戻ってきた。視界に飛び込む男子は、間違いなくほぼ全員が頭を叩かれる。その先で学級委員の女子に捕まって、「ちゃんと並べっつーの。身長から行って」と、ゲンコツの返り撃ちを喰らっていた。
「もう、死んでくれないかな。あのバカ」と、そこら辺の女子にも冷たくアシラわれ、永田は不満爆発でガラガラと5組の男子列に並んだ。
俺と目が合うと、「よこせッ」と、さっそく計測表をもぎとる。
「うわ。コイツとうとう縮んでるぞッ」
「187。去年と変わってねーよ」
「どれどれ」
永田はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、さっそくこっちの下半身にジャブをカマした。
「刺激すんな。太るだろ」
こう言う時、思うのだ。この程度の下ネタで、転げ回って笑えるとは……永田はバカというより、幸せ者。
隣りで聴覚の順番を待つ4組男子はそれに反応して嬉しそうに体を揺らし、その向こうの女子辺りは、「やだぁ」とか言いながらも喜んでいる。(と思う。)
1度、永田と同じクラスになれば分かる事だが、こんな攻撃は毎日のようにあるのだ。慣れと言うのは怖い物で、いちいち止めろと抵抗する事も馬鹿馬鹿しくなっている。どうでもいいと言えば、どうでもいい。こんなやりとりが、うっかり聞こえてしまった真面目な女子群から、「沢村くんのこういう本性、後輩には伝わってないんだろうね」と、軽蔑の眼差しを浴びる事を除けば。
そして、その肩越し向こう2組では、永田の天敵……吹奏楽部・部長、重森ヒロムがジャージのポケットに手を突っ込み、まるで威嚇するようにこちらを睨んでいた。……君子、危うきに近寄らず。
体重。胸囲。座高。視覚聴覚。やっぱりというか、視力だけが、わずかに落ちていた。今年は、特に目を酷使する事になるだろう。来年の視力検査が、今から思いやられる。
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