God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
「中庭の掲示板、変な落書きがあるよ。どうにかした方がよくない?」
一瞬、6人の目線が繋がる。
おかしな話だが、新執行部が初めて一丸となった……なーんて。
何かを察して頷き合うと、作業を阿木と浅枝に任せて、俺と真木、後からやってきた桂木、好奇心丸出しで漏れなく付いてきた右川も一緒に、俺達は掲示板に向かった。
行けば、中庭掲示板前には1クラス程の人だかりが出来ていて、見ればその殆どは、吹奏楽とバスケの有志である。犬猿の仲同士、仲良く寄り集まって賑やかにやっていた。
悪い予感。
揉みくちゃになりながら近付くと、いつの間にか真木は吹奏楽部員に取りこまれ、桂木も何をかいわんやバスケ仲間に掴まって……右川は、どこに紛れたのか分からない。放っとこう。
掲示板には、書道の用紙に筆書きで、〝せとかい〟と〝スイソー〟その2つが仲良く相々傘に収まっていた。
「どうにかしろよ。議長!」
さっそくバスケ部の武闘派が、俺の脇腹をド突いてくる。
まだ永田が居ない。これは命拾いしたと言えるな。
あいつが聞きつけて大惨事になる前に、どうにか解散させなくては。
「ったく!誰だよ。こんなイタズラ!」
俺は辺りを窺いながら、誰に聞かせるともなくワザと大きな声を出し、オーバーアクションで乱暴に引き剥がした。〝生徒会は怒っているゾ〟と、それを知らしめるぐらいは、しておきたい。
〝スイソー〟と敢えて書く。あたかもオレ達じゃないゾと言わんばかりに。
そんな姑息な手段に出るのは間違いなく〝スイソー〟だろう。
(何の根拠も無いけど)
疑惑の視線を敏感に感じたのか、あるいは後ろめたさ、なのか。
「何見てんのよ」
吹奏楽の女子部員が睨みを効かせてきた。
特徴的な長いツインテール。今も昔も、重森に取り入っている。
「これ書いたの、あんたでしょ」
いきなり何を言い出すのかと思えば。
「犯人は、沢村だよ。ぜーったい」
その女子は腕組みで、掲示板前に仁王立ち、周囲に向かって宣言する。
「一応、聞いてやる。その根拠は」
「バス女と付き合ってる。その罪滅ぼしに、生徒会とスイソーは一心同体だと周りに教えるためだよ」
罪滅ぼしとは、これまた。自分達はいつも正しいと勘違いする輩が、いかにも決めつけて言いそうな事だ。俺はソッポを向いた。
「ワザとらしくない?〝こんなイタズラ!〟とか、大声で叫んじゃってさ」
どこの探偵を気取っているのか知らないが、そんな面倒くさい芝居をしてまで、何で俺が重森に〝罪滅ぼし〟をしないといけないのか。
そこで、誰かがプッと噴き出したかと思ったら、桂木だった。
「そんな幼稚な、無意味な事、するワケないでしょ」
堂々と乗り込んできた。「分かるもんか!」と次は吹奏楽男子が飛び出して、
「こいつ幼稚だよ。おまえみたいな駄女子と無意味に付き合ってんだから」
「だ、駄女子!?」
ムキになる桂木を見て、ツインテールがゲラゲラと笑う。
「いーじゃん。あんた駄菓子、好きでしょ」
それで駄女子か、ウマイ事言うな。いや、堪能してる場合じゃない。
ツインテールの手が桂木の襟首に伸びたその時、
「それが何だよ。もういっぺん言え!」
桐生が飛び出した。
手を払いのけ、ツインテールの髪の毛を掴んで威嚇する。女子は、さっきまでの勢いは何処へやら、見る見るうちに涙を溜めて、「やだーもう、怖ぁい!」
「うちの女子に何すんだよっ」
そこに、桐生より1回り横幅のデカい男子が割り込んだ。その手には大きな、名前も知らない楽器ケースを抱えている。ヤバいと思ってからでは遅い。
「るせーぞ!縮れ毛ブタ野郎!」
桐生を取り巻くサッカー仲間が、遅れて参戦。
その縮れ毛ブタ……男子に掴みかかると、当然、縮れ毛は反撃を狙って、その楽器ケースを、桐生めがけて振り上げた。
「よせって!止めろっ」
ケガしたら……思わず桐生を庇って、楽器を押さえたら、
「おまえは黙ってろ。いつもみたいに」
不甲斐ない〝彼氏〟に対する歯がゆさ。そして苛立ち。その思いが、もう痛いほど伝わって来て……桐生の目を、俺は真っ直ぐ見る事が出来ない。
双方、部員が乱入して、周囲はさらに騒然となった。
巻き込まれたサッカー部に隠れるようにして、バスケ部はスイソーをド突く、足許をすくって転がす、背中に頭突き、運動能力を駆使して参戦。
対して吹奏楽は、「痛い!折れたっ!」「ティンパニ打てない!」「アタマ打って死んだらどうすんだ!」などなど、怒涛の如く被害を訴えて、責任問題に特化している。
それぞれ、らしいと言えばそれらしい戦いぶりだ。
俺はと言えば、居たたまれない気持ちのまま、静かに群れから引き下がった。
誰だか知らないが、俺に向けて、ポコポコと遠慮がちに背中やら脚やらにジャブをかましてくる輩がいて……それほど痛くもないからと無視……ところが、あまりにしつこいので、つまみ上げたら、それは人体の群れをかわして遥か下から、右川カズミがモレなく便乗。俺のヒザ裏を猫パンチで攻撃していた。
「てへ♪」
とか言うな。まったく油断も隙も無い。
いまだ、永田は現れなかった。
ふと見ると、群れから少し離れた壁際に、重森が居る。
我関せずといった様子で、いつものように手をポケットに突っ込み、懇意の仲間と一緒になって、こちらの様子を窺っていた。
目が合った。
そこにランニングから戻って来たバドミントン部が、「もう、いい加減にしてよぉ!」と泣きを入れる。その先の体育館に戻れないとイライラし始めた。
何かを期待して集まって来た陸上部、野球部、テニス部は、「またかよ」と意気消沈。次第に練習に戻って行く。
単に騒いでいるだけに終わらないと分かるからだ。
その矛先は後々、周囲に向かい、「加勢しろ。おまえらはどっち側なんだよッ」と来るから始末に負えない、と。
争いは、まだまだ収まる気配が無く、先生が怒鳴りこんで来るまで続く。
バスケ部は、吹奏楽部を〝スイソー〟と呼んで、井の中の蛙、囲われ者だとアザ笑い、そのお返しとばかりに吹奏楽部は、バスケ部を〝スケべ〟と呼んで、ボス永田の性質を晒し、はっきり軽蔑する。
落書きの犯人は……決めつけたくはないが、このどちらかの一員と考えるのが妥当だろう。こんな些細な誰かの悪戯でここまで盛り上がるのだから、両団体、よっぽどの喧嘩好きだ。
俺は、もう出張る気が起きなくなっていた。
桐生は、まだまだ勇猛果敢に闘っているというのに。
……男が見ても、最高にイケてるな。
「おまえらぁぁぁ!バチボコ乱入だぁぁぁッ!」と、永田が来てしまった。
と思ったら、先生も、「おまえら!いつまでもうるさいぞ」と、やってきて、途端に辺りはパッと散らばる。結果、やって来たばかりの永田だけが、「いつもいつも。いい加減にしろ。あんちゃんに電話するぞ」と怒られて脅されて、その隙に周りは先を争って逃げ出して……そして、永田以外、誰も居なくなった。
桐生は、まだまだ暴れながらも仲間に抑えられて、消えた。
重森も消えた。自分は安全圏に居て、仲間を煽って大騒ぎを陽動する卑怯者。
俺は部員に揉まれる右川を引きずって、すごすごと生徒会室に戻ってきた。
そこには、おとなしく作業を続けていた阿木と浅枝と……〝BL研究会〟。
ドラム缶3人組。遊びに来るトコじゃないってんのに。
こっちは疲れも手伝ってか、魂が抜けそうだ。
「センパ~イ、おっかえりなさ~い」と、1人は両手をヒラヒラと振った。
「ぎっちょー、御苦労さまでっす」と、1人はオドけて敬礼をする。
「あ、また新しいの持ってきましたぁ」
こう言う時、思うのだ。
あの夢の中。山下さんは、これをどう受け入れて、どう戦えと言うのか。
右川がその新しい冊子に飛びついて、ページをパラパラとめくる。
「ホラぁ、また、おっぱい男子だよぉ」
いつかのように喰い付いて……俺は、今はもうそんな気になれない。
阿木と浅枝は、「どれが?」「どれですか?」と温度差は見せつつ、冷静にページをめくる。
「もういいって……」
一瞬、6人の目線が繋がる。
おかしな話だが、新執行部が初めて一丸となった……なーんて。
何かを察して頷き合うと、作業を阿木と浅枝に任せて、俺と真木、後からやってきた桂木、好奇心丸出しで漏れなく付いてきた右川も一緒に、俺達は掲示板に向かった。
行けば、中庭掲示板前には1クラス程の人だかりが出来ていて、見ればその殆どは、吹奏楽とバスケの有志である。犬猿の仲同士、仲良く寄り集まって賑やかにやっていた。
悪い予感。
揉みくちゃになりながら近付くと、いつの間にか真木は吹奏楽部員に取りこまれ、桂木も何をかいわんやバスケ仲間に掴まって……右川は、どこに紛れたのか分からない。放っとこう。
掲示板には、書道の用紙に筆書きで、〝せとかい〟と〝スイソー〟その2つが仲良く相々傘に収まっていた。
「どうにかしろよ。議長!」
さっそくバスケ部の武闘派が、俺の脇腹をド突いてくる。
まだ永田が居ない。これは命拾いしたと言えるな。
あいつが聞きつけて大惨事になる前に、どうにか解散させなくては。
「ったく!誰だよ。こんなイタズラ!」
俺は辺りを窺いながら、誰に聞かせるともなくワザと大きな声を出し、オーバーアクションで乱暴に引き剥がした。〝生徒会は怒っているゾ〟と、それを知らしめるぐらいは、しておきたい。
〝スイソー〟と敢えて書く。あたかもオレ達じゃないゾと言わんばかりに。
そんな姑息な手段に出るのは間違いなく〝スイソー〟だろう。
(何の根拠も無いけど)
疑惑の視線を敏感に感じたのか、あるいは後ろめたさ、なのか。
「何見てんのよ」
吹奏楽の女子部員が睨みを効かせてきた。
特徴的な長いツインテール。今も昔も、重森に取り入っている。
「これ書いたの、あんたでしょ」
いきなり何を言い出すのかと思えば。
「犯人は、沢村だよ。ぜーったい」
その女子は腕組みで、掲示板前に仁王立ち、周囲に向かって宣言する。
「一応、聞いてやる。その根拠は」
「バス女と付き合ってる。その罪滅ぼしに、生徒会とスイソーは一心同体だと周りに教えるためだよ」
罪滅ぼしとは、これまた。自分達はいつも正しいと勘違いする輩が、いかにも決めつけて言いそうな事だ。俺はソッポを向いた。
「ワザとらしくない?〝こんなイタズラ!〟とか、大声で叫んじゃってさ」
どこの探偵を気取っているのか知らないが、そんな面倒くさい芝居をしてまで、何で俺が重森に〝罪滅ぼし〟をしないといけないのか。
そこで、誰かがプッと噴き出したかと思ったら、桂木だった。
「そんな幼稚な、無意味な事、するワケないでしょ」
堂々と乗り込んできた。「分かるもんか!」と次は吹奏楽男子が飛び出して、
「こいつ幼稚だよ。おまえみたいな駄女子と無意味に付き合ってんだから」
「だ、駄女子!?」
ムキになる桂木を見て、ツインテールがゲラゲラと笑う。
「いーじゃん。あんた駄菓子、好きでしょ」
それで駄女子か、ウマイ事言うな。いや、堪能してる場合じゃない。
ツインテールの手が桂木の襟首に伸びたその時、
「それが何だよ。もういっぺん言え!」
桐生が飛び出した。
手を払いのけ、ツインテールの髪の毛を掴んで威嚇する。女子は、さっきまでの勢いは何処へやら、見る見るうちに涙を溜めて、「やだーもう、怖ぁい!」
「うちの女子に何すんだよっ」
そこに、桐生より1回り横幅のデカい男子が割り込んだ。その手には大きな、名前も知らない楽器ケースを抱えている。ヤバいと思ってからでは遅い。
「るせーぞ!縮れ毛ブタ野郎!」
桐生を取り巻くサッカー仲間が、遅れて参戦。
その縮れ毛ブタ……男子に掴みかかると、当然、縮れ毛は反撃を狙って、その楽器ケースを、桐生めがけて振り上げた。
「よせって!止めろっ」
ケガしたら……思わず桐生を庇って、楽器を押さえたら、
「おまえは黙ってろ。いつもみたいに」
不甲斐ない〝彼氏〟に対する歯がゆさ。そして苛立ち。その思いが、もう痛いほど伝わって来て……桐生の目を、俺は真っ直ぐ見る事が出来ない。
双方、部員が乱入して、周囲はさらに騒然となった。
巻き込まれたサッカー部に隠れるようにして、バスケ部はスイソーをド突く、足許をすくって転がす、背中に頭突き、運動能力を駆使して参戦。
対して吹奏楽は、「痛い!折れたっ!」「ティンパニ打てない!」「アタマ打って死んだらどうすんだ!」などなど、怒涛の如く被害を訴えて、責任問題に特化している。
それぞれ、らしいと言えばそれらしい戦いぶりだ。
俺はと言えば、居たたまれない気持ちのまま、静かに群れから引き下がった。
誰だか知らないが、俺に向けて、ポコポコと遠慮がちに背中やら脚やらにジャブをかましてくる輩がいて……それほど痛くもないからと無視……ところが、あまりにしつこいので、つまみ上げたら、それは人体の群れをかわして遥か下から、右川カズミがモレなく便乗。俺のヒザ裏を猫パンチで攻撃していた。
「てへ♪」
とか言うな。まったく油断も隙も無い。
いまだ、永田は現れなかった。
ふと見ると、群れから少し離れた壁際に、重森が居る。
我関せずといった様子で、いつものように手をポケットに突っ込み、懇意の仲間と一緒になって、こちらの様子を窺っていた。
目が合った。
そこにランニングから戻って来たバドミントン部が、「もう、いい加減にしてよぉ!」と泣きを入れる。その先の体育館に戻れないとイライラし始めた。
何かを期待して集まって来た陸上部、野球部、テニス部は、「またかよ」と意気消沈。次第に練習に戻って行く。
単に騒いでいるだけに終わらないと分かるからだ。
その矛先は後々、周囲に向かい、「加勢しろ。おまえらはどっち側なんだよッ」と来るから始末に負えない、と。
争いは、まだまだ収まる気配が無く、先生が怒鳴りこんで来るまで続く。
バスケ部は、吹奏楽部を〝スイソー〟と呼んで、井の中の蛙、囲われ者だとアザ笑い、そのお返しとばかりに吹奏楽部は、バスケ部を〝スケべ〟と呼んで、ボス永田の性質を晒し、はっきり軽蔑する。
落書きの犯人は……決めつけたくはないが、このどちらかの一員と考えるのが妥当だろう。こんな些細な誰かの悪戯でここまで盛り上がるのだから、両団体、よっぽどの喧嘩好きだ。
俺は、もう出張る気が起きなくなっていた。
桐生は、まだまだ勇猛果敢に闘っているというのに。
……男が見ても、最高にイケてるな。
「おまえらぁぁぁ!バチボコ乱入だぁぁぁッ!」と、永田が来てしまった。
と思ったら、先生も、「おまえら!いつまでもうるさいぞ」と、やってきて、途端に辺りはパッと散らばる。結果、やって来たばかりの永田だけが、「いつもいつも。いい加減にしろ。あんちゃんに電話するぞ」と怒られて脅されて、その隙に周りは先を争って逃げ出して……そして、永田以外、誰も居なくなった。
桐生は、まだまだ暴れながらも仲間に抑えられて、消えた。
重森も消えた。自分は安全圏に居て、仲間を煽って大騒ぎを陽動する卑怯者。
俺は部員に揉まれる右川を引きずって、すごすごと生徒会室に戻ってきた。
そこには、おとなしく作業を続けていた阿木と浅枝と……〝BL研究会〟。
ドラム缶3人組。遊びに来るトコじゃないってんのに。
こっちは疲れも手伝ってか、魂が抜けそうだ。
「センパ~イ、おっかえりなさ~い」と、1人は両手をヒラヒラと振った。
「ぎっちょー、御苦労さまでっす」と、1人はオドけて敬礼をする。
「あ、また新しいの持ってきましたぁ」
こう言う時、思うのだ。
あの夢の中。山下さんは、これをどう受け入れて、どう戦えと言うのか。
右川がその新しい冊子に飛びついて、ページをパラパラとめくる。
「ホラぁ、また、おっぱい男子だよぉ」
いつかのように喰い付いて……俺は、今はもうそんな気になれない。
阿木と浅枝は、「どれが?」「どれですか?」と温度差は見せつつ、冷静にページをめくる。
「もういいって……」