God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
測定の終わった者から、残りの時間、男子も女子も合同で、バレーボールで時間を潰す。毎年の事だが、体育館のほぼほぼ全員が、バレーに真面目に取り組んでいるのを見たことは無い。
スマホ、雑談、うたた寝、お菓子祭り……これも毎年の事である。
そこへ、「へいへい!チーム分けすんぞッ」と、永田がガラガラとやって来て、バレーボールでドリブル・シュートを決めた。いい加減に扱われるボールが哀れでならない。
「バレー部は散らばれッ。ハンデを抱えろッ」
永田の独断、男子も女子も勝手にチーム分けされた。
みんな何故か、永田の言いなり(俺も)。
これまた、いちいち反論して相手にするのが面倒くさいからだ。
見ていると、阿木は、そんな永田に関わるのが面倒くさいとでも言いたげに、早々、別のクラスに逃げた。
勝手に呼び出されてコートに入ってみれば、俺の周囲を固めるのは、5組でもおとなしい、いつも居るのか居ないのか分かんない、よくもこれだけ集めたなと感心する程のこじんまりとしたメンバーである。
見掛けだけを言えば小じんまりの、右川も漏れなくメンバーに入っていた。
だが、その右川がコートに入って来ない。
見ていると、コートの外、体育館の隅っこで、海川というクラスメートの男子と2人、きゃっきゃっ♪と雑談に興じている。
「何やってんだよ。サッサと入れって。海川も」
それには海川だけがビクンと反応して、「僕?見学じゃないの?」
誰の権限でオマエはそういう美味しい立場に?
「海川が入ってくれないと4人だから。とにかく入って」
チームは俺を入れても5人だけ。
バレー部が入るから、という理由で宛がわれたのだが、これまた大層なハンデである。そこで意外にも、「はーい♪」と、右川は機嫌よく立ち上がった。
「またね♪」と陽気に手を振って、何故か俺が気持ちよく追い払われて……そうは行くか。「早くしろよ」
こっちがイライラしていると、海川が気を使って、「右川。行こうよ。早く」と促す。
「えぇー、ヤダぁー」
俺は有無を言わさず、その首根っこを引っ張り上げた。
「やだやだ!殺されるぅ!フレンズ助けてぇ!ツチノコ~!」
往生際が悪いったらない。
バタバタと暴れる右川をコートの外に放り投げると、
「サーブ行け。おまえから」
ボールを手渡した。
そこで笛が鳴り、右川は諦めた様子でボールを何度かバウンド。
「うりゃあっ!」
勢い勇ましく放ったサーブは……向こう側に入れるだけというサーブの概念を根底から覆し、味方側からネットを越えることなく、海川の背中にポンとぶつかって、コロコロと転がり、右川自身に戻っていった。
すぐさま俺をキッと睨んで、「ほらぁッ!」と、まるで鬼の形相。
この酷い有様で、どうしてそこまで他人にドヤ顔が出来るのか。
「向こう側。普通に入れるだけだろ。どうかしてんじゃねーか」
その後、あちらからのサーブを、「アウト!」と勇ましく勝手に見送った。
「ライン上、入ってんだろが」
それは明後日の方向に無視。華麗に決まった俺様のアタックには目もくれず。かと思えば、「どんまい♪」と、何故か海川とだけハイタッチを交わして、味方の大活躍を愚弄する。
所詮、体育バレーはお遊び。
目くじらを立てる事ではない。とはいえマジ張り倒したい。
相手コートを見れば、「オッパイで飛ばしてんじゃねーって」と、黒川が女子に絡んで絡んで。……楽しそうだな。女子も、こっちと違って目立つグループで固まっているせいか、キャッキャと賑やかだ。
こっちは……右川と海川以外、あと2人は初めて俺と同じクラスになる女子である。この時間は、親睦を深めるいいチャンスと思えば思えるのだが、女子2人は同じ領域に固まったまま、こちらを見ようともしない。偶然目が合うと、俯いたまま、ビクビクしている。
こういう時、思うのだ。
まさかと思うが、この2人にとって、俺と永田は同類か?
「とにかくボールが回ってきたら上に上げてよ。それだけでいいから。後は、俺と海川が何とかするから」
それには女子2人ではなく、海川が、「えぇー」と泣きそうな声を上げた。
「そそそ、そういうのは右川の方が得意だと思うんだけど」
「いや、おまえは右川よりはマシだろ」
そして、この中では、俺以外に存在する唯一の男子だろ。
チャイムはまだ終わりを告げていない。誰も、休んでいいとも聞いていない。
だが右川は、「ふぅ」と、ひと息ついて線外に出ると、その場に体育座り、寛ぎはじめた。
「飽きてんじゃねーよ!」
それには右川ではなく女子2人が、びくっ!と反応して瞳孔が開きっぱなし。
寒い!面倒くさい!お腹いっぱい!と意地で固まる右川をひきずって、とりあえずコートのど真ん中に立たせた。
未だ怯える3名に向けて、親指を突き出すと……頑張れ。食らい付け。諦めるな。とりあえず何でも〝ナイス!〟
メンバーに何とか役割を与え、やる気を促し、優越感まで持たせて……俺の体力ゲージだけが急速に減らされていく。
こういう時、思うのだ。もう、どうにでもなれ。
飛んできたボールが海川の頭に命中、俺はその弾かれたボールを追ってラインすれすれで拾い上げた。結果、その場に転倒。その後、ボールは右川の腕にぶつかり(そう、拾われたのではなく、単にぶつかっただけ)、右川は「ぎゃう!」と悲鳴を上げた。
ピー……と、鳴る笛の音は、まるで世界の終わりを意味するのか。
「あんた、今あたしを攻撃したでしょ!味方のクセに!」
「あの体勢で、そこまで器用じゃねーよ!」
そして、恐れていた事がやってきた。
永田が暴れまわる前衛に、右川が巡って来たのだ。
「おう。チビクソ虫」
ネット越し、永田はヒラヒラと踊って挑発する。
「悔しかったら、上から攻撃してみろやぁッ!」
ケモノに神経を逆撫でされて、少しは右川の闘争心にも火が点くかと思いきや……点くには点いた。ネット越しに永田を睨みつけ、と思ったら急にニッコリと笑って、唐突に何を言い出すかと思えば、
「小池さんのアレ、今日も、もふもふ揺れてるね♪」
「あぁッ!?」
「小池さんのアレ、実は3つ目があるらしいよ♪ここんとこ」
「あ?どこ」
「小池さんのアレ、あんた、いくらで買う?」 
「あー……どっち?」
もういい。
誰がそんな場外乱闘の大活躍をしろと言った。いちいち反応してみせる永田も永田だ。どんだけ欲求不満なのか。
結果、この試合は10分も経たないうちに決着がついた。
一貫して、こちらチームの負け通し。
こんなに、くたくたなのに(俺だけ)。納得いかない。
試合の終わりと共に、俺は倒れこむようにコートの外に座り込んだ。
ついでにスマホを取り出した所で……既視感が襲う。
不意に……昨日見た夢を思い出した。
夢の中で、俺は山下さん宛てにメールを送っていた。
敬意を込めて、畏怖を漂わせ、『世の中の理不尽な事にはどう対処するべきでしょうか』という、硬った~い内容で。
その返信は、『キミの進化の時。受け入れて、戦え』と、シンプルに、たった1行。なんて暗示的な夢だろう。文字面が、今も頭にこびりついて離れない。
現状、自分にとって、理不尽でも受け入れなければいけない事が2つあった。
(この試合結果は除いて)
〝不安要素だらけの生徒会〟
そして〝曖昧な彼女の存在〟。
どちらも、はっきりしない自分の立場である。
戦えとは、具体的にどうやって……それは夢の中で聞けなかったな。
そこに、
「ちょっと鍛えてあげよっか?」
バレーボールを、まるで小玉を操るように指先で踊らせながら、桂木ミノリがやってきた。
それを見ていた仲間が、「わわ!」「ひゅう~!」「さっそく調教!」「おーい。桂木が沢村をシゴくらしいゾ」これみよがしに、こぞって冷やかしに来る。
「もう、まだ言うかな。そろそろ止めてくれない?」
桂木は1度俺を見て、お手上げポーズ、そして首を傾げた。
〝桂木ミノリ〟
周囲から〝みのりん〟と呼ばれて慕われている女子。バスケ部。同じクラス。生徒会書記。
あれからまた少し伸びた髪の毛を、今は無造作に後ろでまとめている。
色々あって、こうして冷やかされているけれど、桂木は俺の彼女ではない。正確には違う。だが、世間ではもう決まったも同然の扱いを受けている。
アタマもいい。性格もいい。見た目も悪くない。
「現在フリーの沢村が拒否する理由が無いだろ」というのがその理由だ。
桂木側の気持ちは聞いていたし、俺側はそれを受け止める状況ではないと伝えてもいた。その後、右川の策に溺れ、浮かれた噂が先走り……それ以降、こっちがはっきりと返事・意思表示もしないまま、なし崩し。今に至る。優柔不断の極みと言いたければ言え。
6組男子の群れの中に、サッカー部の桐生が居た。
女子人気ナンバーワン。密かに、桂木に思いを寄せるサッカー部のイケメン。
一瞬、目が合った。怒りという目付きではないように思う。
彼女の行く末を願う思いやりと、それでも収まらない気持ちを持て余す憂鬱をゴチャ混ぜにした複雑な表情で、仲間の輪の中に紛れた。
〝いいかげん野郎〟
〝曖昧男子〟
〝迷うくらいなら最初から止めろ、バ~カ〟
桐生から、どんな罵詈雑言を浴びても不思議じゃない。
だが桐生は、そういう輩ではなかった。
〝オレの事なんか気にしないで仲良くやってよ〟
男も惚れそうなイケ度である。それだけに罪悪感はハンパなく押し寄せる。
俺は、これから、どうすればいいんだろう。
桂木は、今は、どういう気でいるんだろう。
同じクラス、生徒会室、顔を合わせるたびに自分に問い掛け、桂木には目で探りを入れつつ、周囲からは勝手に決め付けられて冷やかされて……こんな時、桂木は〝止めて〟とは言うものの〝違うよ〟とは決して言ってくれない。
こういう時、思うのだ。桂木は上手い。とにかく、色々と上手いのだ。
桂木は、迎え撃つ覚悟の如く、バレーボールを何度かバウンドさせた。
俺は幾分重い腰を上げて、「おう、やるか」と、桂木からボールをさらう。
同時に、その先で大欠伸をする黒川に目を付けていた。放り投げたボールを、黒川に向けてワザと外すと、案の定、「ンだよっ!」と、メガネを弾かれた黒川が半キレで参戦。
3人のトライアングルでしばらく遊んだ。
こういう時、思うのだ。黒川は、たまに役に立つ。そして俺だって上手いもんだろ?(というか、ズルい。)
心なしか不服を漂わせる桂木、半キレの黒川、そこに、「うりゃあッ!ブラザーK!」と、跳び蹴りで永田も乱入して……気がつけば沢村&桂木のラブラブ・チームと、黒川&永田の欲求不満チームのバーサスで、時間ギリギリまで、ボール遊びに興じてしまった。
結果、圧勝。
俺達が強かったワケではない。あちらチームが勝手に崩壊しただけ。
そこから着替えるのも面倒くさいと、そのままの格好で3時間目の現国に突入した。その後、4時間目を眠気と戦い、そのままメシに突入。
今日は先生の都合で午後の授業は無かった。だったらすぐに部活に突入!とは行かない。今日からしばらくは生徒会室に閉じこもりである。
確か、去年も同じような境遇にあったな。
そんな昔を懐かしく思い出しながら、生徒会室に入った。
〝戦いの場〟
俺は18の誕生日を来月に控え、なぜか今も書類に埋もれ、ここに居なければならない。
そこに副長の阿木、書記の桂木、2年会計の浅枝、1年書記の真木タケトが、遅れてゾロゾロとやってくる。
「さっそく、やるか」
俺の一声を合図に、4人がそれぞれの位置に付いた。
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